東宝特撮屈指のドラマSFの興奮

『ガス人間第1号』は、昭和3560)年1211日に公開された怪奇スリラー・タッチのSF映画で、東宝特撮映画の歴史の中で、『ゴジラ』(54)や『地球防衛軍』(57)の特撮スペクタクルと違って、SFドラマをビジュアル・パワーで支えるドラマティックさで光る特撮シーンが輝いた作品群の頂点の1本である。
 製作:田中友幸、監督:本多猪四郎、特技監督:円谷英二のトリオがノリにのっている時期の作品で、『美女と液体人間』昭和3358)年624日公開、『電送人間』昭和3560)年410日公開と、カラー映像を使って怪奇スリラーのムードを高める「変身人間」シリーズの決定版を狙った作品であった。

『美女と液体人間』では、円谷英二特技監督は液体人間に包まれて溶けていく人間のシーンを、役者そっくりに作ったラバー製の人型ダミー人形の中にエアーを入れふくらませ、しぼむ風船状の仕掛けを作り、しぼんでクニャクニャになっていくダミー人形の上にオプチカル合成で液体人間をかぶせ、目で見られる溶けていく人間をビジュアル化してみせた(袖口やズボンの中からゼリー状に溶けて、漏れていくショック映像も見事だった)。
 2枚のガラス板の間にグラス・ウール(ガラス状のゴム質の液体)をはさみ、人間の形にして、2枚を押しては離し、まるで呼吸するように見せて、その映像をオプチカル合成してドラマ部分に焼き込み、液体人間を移動させた。部屋の窓から液体人間が入ってきて、床をスーッと進んでいくシーンは、セット全体を箱型にして、ヤジロベーのように床下の支柱1本で支え、セットの周りの支持棒を傾けて、セット全体が360度自由に斜めにできるようにして、グラス・ウールの液体を走らせ、セットに固定したカメラによる撮影で、生きている液体を表現していった。特撮班の渡辺明美術監督による設計だった。
 ほかにも逆回転撮影で上へのぼっていったり、役者陣のリアクションのうまさで無機物の液体に生命力を与えていったのだ。

 本多猪四郎監督は、映画の冒頭で液体人間に溶かされたギャングの三崎(伊藤久哉)の残留意志が液体人間の中に残っていて、彼の恋人であるキャバレーの歌手・千加子(白川由美)の周りに現れて、彼女を脅かす人間に次々と襲いかかり、彼女を殺そうとしたギャングの非情な内田(佐藤允)に降りかかって溶かし、しかし、千加子には触れようともせず、彼女の目の前で自衛隊の火炎放射の炎に焼かれていく、泣くようなその声……。泣き崩れる千加子とひと言のセリフもなしに液体人間と化して、愛する女のもとに戻ろうとする男のラブ・ストーリーを描き、圧巻のクライマックスを描き出していた。そして、『ガス人間第1号』では、その変身人間のラブ・ストーリーをたっぷりのセリフとまさに役者の演技によって肉づけしたらどうなるだろう、という演出家・本多猪四郎の大きな挑戦だった。
 円谷英二特技監督の特撮班にとっては、福田純監督の若々しいリズム感が軽快な編集をみせる『電送人間』で、走る電送人間(中丸忠雄)を移動マスク合成でしっかりと追って、青白い電波状の走査線が走る電送人間のエフェクトを完遂したことが、オプチカル合成への大きな自信となった。光学撮影の荒木秀三郎キャメラマンのすばらしい仕事だった。その青白く走査線が走る中で、ギラギラと燃えるように怒りの目を見せる中丸忠雄の表情は、はっきりと映像の中で見ることができた。合成をかけながら、役者の表情をはっきりと出せる----この自信なくしてガス人間の変身シーンはなかったと思うのである。

 脚本の木村武(馬淵薫)の第1稿では、ガス人間となる水野(土屋嘉男)は、実は宇宙人というとんでもないストーリーだったが、本多猪四郎や田中友幸プロデューサー、木村武との打ち合わせの中で、宇宙開発の人体実験に利用される平凡な青年という悲劇の視点が導入され、ちょうど世間の話題になっていた踊りや生け花、茶道の家元制度の中で起きる醜い人間模様に巻き込まれたヒロインとガス人間の愛情という空前のストーリーに発展。人間が変異していく海外のSF映画『4Dマン 怪奇!壁ぬけ男』(56、監督:アーヴィン・ショーテス・イヤワース・Jr)や『縮みゆく人間』(57、監督:ジャック・アーノルド)、『巨人獣』(58、監督:バート・I・ゴードン)が変異する前の妻や恋人との純愛をうたうルーティンから脱する新機軸のストーリーを生んでいった。作品をご覧になればわかるだろうが、あらゆる人たちに裏切られた藤千代(八千草薫)は、自分に生命をかけて尽くしてくれる水野を自分から裏切るわけにはいかない……単純なラブ・ストーリーではないのだ。
 しかも、それが相思相愛の警視庁の刑事である岡本(三橋達也)と彼が学生時代下宿していた恩師の娘である新聞記者・京子(佐多契子)の結婚間近のカップルに対比されているこの絶妙さ。逆回転する煙で表現しているタイトル以降、40分近く1カットも特撮シーンはなく、スリラー・タッチの中で、登場人物をじっくりとユーモアもまじえて紹介していく。
 まさに、『ガス人間第1号』は、本多猪四郎監督率いる本編(ドラマ部分)班が作品の基調リズムを作りあげている証明と思う。

 円谷英二特技監督は、ドラマ部分を驚異の特撮ビジュアルで支えていく。
 土屋嘉男そっくりに作ったダミー人形に背広を着せて、エアーを抜いて、頬がこけ、頭がへこみ、どんどん下へとしぼんでいく。それを逆回転して、ガス状の煙から人間へと戻っていく変身シーンをビジュアル化。腹の下には水をはっておいて、ドライアイスがそこに入ってガスを出すという仕掛けつきだ。それを逆回転して、ガスから復元させていくわけだ。
 ガス人間がはっきりとその姿を現すシーンでは、オプチカル合成にとって土屋嘉男の顔が青白くぼやけ、アウト・フォーカスとなり、目が黒くなって、まるで骸骨のように見えるその顔のビジュアル・イメージが圧巻。『電送人間』の移動マスクをさらに一歩進めた合成イメージだった。CGIの今日でもあの不気味なガス化していく土屋嘉男のイメージを超えることは無理だと思う。変身シーンの直前に土屋嘉男の顔に当てている青白い照明の演出が絶品。ドラマ部分の小泉一撮影監督の冷えざえとした(夏の暑さを出したストーリーなのに、人間の冷たさがはっきりとえぐりとられている)映像設計が大人のドラマを文字通り作りあげていった。
 カット数は少ないながら、ハイレベルのドラマティックな特撮映像が続出する。円谷英二特技監督のドラマ派の演出タッチを存分に楽しめる代表作でもある。
 ラストの燃えあがる公会堂は、オープン・セットに建てられた、実に5メートルを超える大型ミニチュアで、たたきつけるようなガス人間・水野の怒り、悲しみ、絶望を紅蓮の炎でビジュアル化している。
 本多猪四郎監督の代表作の1本であり、『美女と液体人間』、『マタンゴ』(63)と共に見て、『ゴジラ』や『地球防衛軍』と同じ監督なのだ、ということに驚いてほしい。円谷特撮の合成シーンとしてもトップ・ランクの1本である。

初出 東宝『ガス人間第1号』DVD解説書 2002年】