円谷英二の映像世界〜『ガス人間第1号』

『ガス人間第一号』東宝 昭和351960)年度作品 91分 カラー 東宝スコープ


『美女と液体人間』(58/監督:本多猪四郎)、『電送人間』(60/監督:福田純)に続けて作られた、「変身人間」シリーズの第三作で、脚本と本編演出が充実して、密度の高いドラマを生み出している。
 円谷英二指揮する特撮班は、ガス人間という存在を特撮の視覚イメージで支えたわけだが、特撮シーンは、徹底して少なく練りあげられ、本編演出のフォローに徹し切った感がある。派手なスペクタクル性を売り物にする『ゴジラ』(54/監督:本多猪四郎)や『地球防衛軍』(57/監督:本多猪四郎)と対極の作品だが、円谷特撮は、よく本編の演出意図に応え続けた。円谷特撮の演出テクニックを知る最適の作品のひとつである。

 東宝マークに次いで、ガスが充満しているシーンが写り、ガスが吸い込まれ、『ガス人間第一号』のタイトル(ガスの吸い込みは逆回転による)、スタッフ、キャストの紹介となる。
 ここから本編は、銀行内で起きた謎の密室強盗殺人事件を巡って、犯人を追う岡本警部補(三橋達也)とその婚約者で婦人記者の甲野京子(佐多契子)、捜査線上に浮かんできた容疑者で、日本舞踊の家元・春日藤千代(八千草薫)、彼女に恋心を抱く図書館員の水野(土屋嘉男)などの、輻輳する人間関係を描いていく。
 そして、逮捕された藤千代を救うべく、真犯人として自首した水野が、犯行現場で再現してみせるシーンから、この映画初の特撮場面が展開される(ここまでおよそ40分間に、ただの1カットも特撮シーンはない)。すなわち、ガス人間の変身シーンである。
「下がって!」といい、鉄格子に近づく水野。ニヤリと笑い、右手を胸に入れる。
銃を抜く岡本警部補。
何ごとかと見つめる田端警部(田島義文)と藤田刑事(三島耕)。
背中から見た水野。その水野の頭が青く光るガスに変わっていく(光学合成シーン)。
驚きの声をあげる稲尾刑事(小杉義男)。
下へガスを吹きながら落ちていく服。頭は青くガス化している。
仰天する金庫の中の支店長。
「撃て!」と田端が命じ、発砲する藤田。
金庫へガスが漂っていく中、服は完全に下へ落ちた。
支店長の身体をのぼっていく煙。
床を進む煙。
ガスは支店長を包み、首のまわりに青白く固まるガス、苦しむ支店長
「やめろ! やめろ、水野!! やめんか!」と叫ぶ岡本。鉄格子に取りつく全員。
支店長から天井へのぼっていく煙。
天井に広がっていく煙。
倒れる支店長----死んでいる。
愕然となる岡本たち。「支店長」と呼びかける田端警部。
「これが事件の真相だ」という水野の声。金庫の扉が開いていく。
札束が浮かびあがる。
鉄格子のところで、札束の側を連射する稲尾刑事。
札束がバラバラになり、飛ぶ。銃を連射する稲尾のまわりに、ガスが急速に集まり(噴き出すガスを逆回転して合成)、顔のまわりを光学合成でガスが包み、苦悶する稲尾刑事。
発砲しようとする藤田を止める田端警部。
倒れる稲尾、のぼっていく煙。
駆け寄る岡本。バックの扉が開く。
「(笑って)藤千代をすぐ釈放するんだな。彼女に罪はない。釈放しない時は、余計な犠牲者が出る」
窓へ寄っていく煙。
窓へ向け、発砲する岡本。
窓から外へと笑い声をあげて出ていくガス。
 約230秒の息づまるガス人間初登場のシーンである。ガス化する際は光学合成、服が落ちていくところは実際の煙、逆回転でのぼっていく煙、噴き出すシーンを逆回転で合成して襲いかかるシーンなど、同じ煙でも上へのぼる煙、下へ落ちる煙と効果によって使いわけており、それぞれのガスの動きに明解な意志を感じさせた。

 警視庁幹部は、ガス人間の脅迫に警察が屈服したことになる、と無罪とわかっている藤千代を釈放しようとしない。
 と、会議室へ現れるガス人間。
「君は、藤千代のためを思ってやってるんだろうが、結果は反対だ。ますます不幸にしてるんだ」と岡本。
「法律を無視して幸せをえられると思ってるのか!?」と警察幹部。
「ハッハッハッ、白とわかっていても釈放しないのは、法律に背きませんか(ギクッする幹部)。僕は人間じゃないんだから、人間の作った法律に従う義務はないでしょう」
「じゃ、藤千代を愛する資格もないな」と岡本警部補。
「(岡本を睨み)それは、彼女が決めることだ」と水野。
「君がガス人間だということを彼女は知ってるのか!?」と岡本。痛いところを突かれ、言葉を返せない水野。ドアや窓を閉めていく刑事たち。水野が身構えようとするや、右手でホルスターに触れていた岡本が無警告で銃を発砲するシーンが圧巻。しかし、効果音とともにガス化して逃走する水野。銃声に集まってきた新聞記者に藤千代を奪い返して発表会を開かせる、と宣言するガス人間。
 ガス人間は、藤千代のいる牢獄へとやってくる。気づかない老人の係官。
鉄格子を左右の手で握り、笑う水野。
後ろの気配に気づかない老看守。
水野の顔のアップ。光学合成で青白く光り、輪郭がボケ、ガス化していく合成。
煙を出しながら、足が鉄格子を通り抜ける(このシーンは逆回転の煙で処理)。
気づかない老看守。
すり抜けた水野、顔が青白く発光するガス状だ。カメラが左にパンし、ようやく、振り向いた老看守を写す。
ガス状の青白い顔のガス人間のアップ。
老看守、恐怖に顔を歪ませるアップ。口のまわりにドーナツ状のガスが取り巻き、苦悶する老看守。
 と、今度は服を着たまま、半分ガス化したガス人間が鉄格子をすり抜けていくというシーンを見せた。いかにも怪奇スリラーといったムードだが、水野の顔がガス化して、輪郭がボケて、まるで骸骨のように見えるのが圧巻で、最初のガス化シーンをさらにパワーアップしたシーンだった。
 水野は、牢の囚人を逃がし、藤千代を助けようとするが、藤千代は、逃げたら罪になると動こうとしない。
 本編はこの後、佐野博士(村上冬樹)に騙された水野がいかにしてガス人間に変身したか、という過去を語っていく。このガス人間誕生のシーンでは、等身大のゴム風船状の土屋嘉男人形を作り、煙を出しながらしぼんでいくところを撮影して、画面ではそれを逆回転させて、さらに光学合成の処理を加えて、ガスから次第に人間に戻ってくる視覚イメージを確立させた。次のショットで驚く佐野博士を挟み、胸に手をおく土屋嘉男に光学合成を加えていたのをはずし、人間に戻るシーンを完成させた。
 水野は、自分の体が実験台にされたことを知り、さらに、今まで何人もの犠牲者があることを知って逆上して、ガス状になり、水野博士を窒息死させてしまったのだ。雨の中を走る水野。
 自分の顔を触り、「生きてるぞ、生きてるぞ」と、雨の中で笑うシーンが印象的だ。
 だが、何といっても圧巻なのは、釈放された藤千代が踊りの発表会を双葉会館ホールで行うことになり、必ずや姿を現すであろう水野と、ガス人間を無色透明のUMガスでホールごと焼き尽くそうとする警察の駆け引きが展開されるラストまでのすばらしい盛りあがりである。
 本編と特撮シーンの絶妙な編集を、ここに全再録してみよう。

踊りがクライマックスを迎え、着物を全身にかぶせ、舞台にうつ伏せ、曲が終了する(本編)。
鼓をおき、「お見事でございました」と老人(本編)。
水野の拍手が響き、起きあがり面を取ろうとする藤千代(本編)。
拍手しながら立ちあがる水野(本編)。
面を下におき、客席へと去る藤千代(本編)。
客席で駆け寄り、抱きあうふたり(本編)。
老人、うつむく(本編)。
ガス放出室。本署に連絡する田端警部。階段を駆けあがっていく岡本と京子(本編)。
「よかった、すばらしかった」と、抱きあって呟く水野(本編)。
水野の顔アップ「僕たち、負けるもんか」(本編)。
ライターを袖から取り出す藤千代。悲しみに顔を歪め、もう一度、水野の体をしっかりと抱く(本編)。
藤千代の顔アップ(頬をこぼれるひと筋の涙)(本編)。
ライターを点火する藤千代(本編)。
画面全体がオレンジ色の炎に包まれて、爆発する(炎の中、倒れていくふたりが客席の中に見える)。大音響(特撮)。
天井をなめる炎の乱舞(特撮)。
ホールの外から見て、会場から噴き出してくる炎が見える(特撮)。
近づいてくる群衆とその中にいる岡本や京子。炎の照り返しオレンジ色(本編)。
燃えるホールにかかる消防隊の水(特撮)。
放水している消防士(本編)。
燃えるホールを外から(特撮)。
花輪が燃える、水野の献花だ(本編)。
花輪の上部の花が燃えていく(本編)。
会場内に広がって踊る炎の乱舞(特撮)。
天井をなめて燃えている炎(特撮)。
消防士の放水(本編)。
燃えるホールに放水(特撮)。
ロングで岡本たちと群衆(本編)。
消防士の放水(本編)。
燃えているホール(特撮)。
ホールの入口、中が燃えている(本編)。
「ガス人間は死んだんでしょうか」と田宮博士に聞く岡本。「……多分」という田宮博士。「多分!?」と岡本。「確実とはいえないんですか?」と田端。「どうして爆発したか、私にもわからないんです」(本編)。
「家元さんとあのおじいさんも……」と、岡本に呟く京子、泣きそう(本編)。
ホールの入口ではいずる、出てくる何か(特撮----操演)。
岡本、目をしばたたかせる(本編)。
ホールの入口にはいずって出てくるガス人間----階段のうえで、一度、起きがあがろうとする(特撮)。
……ガス人間」と呟く岡本。うなづく田宮博士(本編)。
ホール入口の階段をはいずり、おりてくるガス人間。その右手には藤千代の振り袖が握られている。階段に手をつき、起きあがろうとする(特撮)。
岡本、京子、田宮博士のアップ(本編)。
騒ぐ群衆2カット(本編)。
階段の上のガス人間。光学合成で実体化していく手と頭。青くたなびく煙。その顔は、焼けただれている。ピクリとも動かないその体。実体化して、消える光学合成(特撮)。
京子、泣き崩れて、岡本の胸の中で泣く(ロングからアップへ)(本編)。
階段の水野の上に、画面、上から倒れ込んでくる花輪が落ちてくる(本編)。
燃えるホールの全景。真ん中から赤いの文字が出てくる(特撮)。

 44カット、430秒の、東宝特撮作品中、最高のドラマ的盛りあがりをみせたラスト・シーンである。宮内國郎の情感たっぷりの音楽演出も絶品だった。
 爆発シーンの特撮は、特にすばらしく、まるで水野と藤千代の悲しさと怒りそのもののようなパワーを炎のフォルムと量感がもっており、ライターをつけた瞬間、画面が白光して、炎の大爆発----ホール全体がはじめから紅蓮の炎に満ちているイメージ----に移る編集も見事だ。天井をなめる炎も、この両者の怒りと悲しみ、そして、ある意味でのエクスタシー(心中物と考えればだ)を感じさせ、炎の中に倒れていく何か(多分、藤千代と水野)を見せることで余情を持たせることに成功している。このホールの特撮もリアルで、実景と挟んでも何の違和感も生み出さない。ラストの燃える建物といい、どこかにイギリスの、ハマー・プロの怪奇映画のような匂いもあり、盛りあがる異様なラストであった。
 最後の倒れていく花輪も、この登場人物に哀悼の意を表する本多猪四郎監督の献花そのものであることは、間違いがないと思う。
 円谷演出は、光学合成、煙、逆転する煙、煙の合成、服だけ、と本来、意志を持たない無機物をまるで人間の意志のように操り、土屋嘉男と八千草薫の演技、そして、本多演出の冴えと相まって、東宝SF映画の中でも屈指の地位を占める作品となって結晶化した。
 ガス人間がなぜ次々と殺人を続けるのか、それは、私たち社会自体が佐野博士の方向に動いているからであり、のうのうと平和に暮らしている人間自体に、彼が嫉妬しているのだと映画は語っているようだ。
 この物語のセリフと人間ドラマは、東宝SF作品中、もっともペシミスティックなもので、権力や警察といった体制と私たちひとり、ひとりの現代を生きる人間の心に激しい疑いのまなざしを向けている。
 八千草薫、土屋嘉男の快演、ユーモアを織りまぜて作品を盛りあげていくサスペンス、ヒッチコックの大ファンであるという本多監督の狙いは明らかであろう。
 土屋嘉男の演技とその口調、そして、自在にガス化する特撮映像は、彼が心の中で、「自分はいつガスになって、空中に四散して死んでしまうかもしれない……」と思っているのではないかと、彼が心の中で震える異様な恐怖を的確に表現しており、この映画のテーマをバックから支え続けた。この作品を見て、特撮の自己主張とは何なのかを考える時、この映画のバランスこそ、特撮という表現の一方の理想の道だと考えてしまうのである。

初出 実業之日本社『円谷英二の映像世界』(竹内博、山本眞吾・編)円谷英二主要作品解説 昭和581983)年12月刊行】


円谷英二の映像世界〜『美女と液体人間』

『美女と液体人間』昭和331958)年度作品 87分 カラー 東宝スコープ


『美女と液体人間』(58/監督:本多猪四郎)は、『電送人間』(60/監督:福田純)、『ガス人間第一号』(60/監督:本多猪四郎)と続く、「変身人間」シリーズの第一作である。
 作品の内容は、南方海上で強烈な放射能におかされ、生物のいちばん原始的な形状に戻ってしまった生き物に襲われ、液体化した人間が、生存するために必要な栄養素を補給しようと、かつての同類である人間を次々と襲う。しかし、対決した捜査陣と科学者が協力、ついに、液体人間を倒す、という物語だ。昭和321957)年11月に亡くなった大部屋俳優であった海上日出男のシナリオを原作に、田中友幸プロデュース、『地球防衛軍』(57/監督:本多猪四郎)の木村武(本名・馬淵薫)が脚色、本多猪四郎監督が演出を担当した。東宝特撮路線の基本ポリシーである原水爆批判がストーリーの中を一本通っており、“第五福竜丸”を思わせるエピソードを挿入するなど、異色の怪奇スリラーであった、といえよう。
 以下、ストーリーを詳述しながら、その特撮シーンについて触れていってみよう。

 真っ赤なタイトルバックは、夜の南方海上を漂流する第二竜神丸のミニチュア・ショット。
 小雨降る東京の下町から物語ははじまる。
 雨の中、止まっている車。フロック・コートに中折れ帽を被ったひとりの男が急ぎ足で、その車の後ろにやってくる。すると、ハッと下を向いた男(伊藤久哉)は、恐怖の表情に包まれ、銃を抜き、足もとに向け乱射した。
 ギョッと後ろを振り向く車の中の男(佐藤允)。男は舌打ちをすると、車を走らせた。駆けつける警官。しかし、その現場には、ひとつの鞄と男が身につけていた衣服一切、靴、帽子が残されたのみで、男の姿は、忽然と消え失せていたのである(カメラは、雨水が流れ込む下水口へとパンして映像的伏線をはっていく)。
 鞄の中身は、多量の麻薬であった。そばのビルの一室から盗み出した物らしい。
 “世にも奇怪な事件”として、捜査に乗り出した警察当局は、これを麻薬密売者の仲間割れと断定、犯罪者リストの中から、“金”と名乗る男を逮捕、彼の挙動から行方不明になった男がギャングのひとり“三崎”だと判明した。
 三崎には、キャバレー“ホムラ”の人気歌手で、新井千加子(白川由美)という同棲している美貌の女性がいた。早速、千加子を警視庁に喚問し、取り調べを開始した富永捜査一課長(平田昭彦)は、結局、彼女から何も聞き出すことができなかった。ひとまず釈放して、尾行を主力に背後関係を探る手段に出た。
 と、ある日、“ホムラ”で歌う千加子の前に生物化学を専攻する政田(佐原健二)という青年化学者が現れ、「三崎君のことでぜひお話がしたい」と、申し出た。千加子は、三崎から連絡と思い、物もいわず金を渡そうとするが、政田はその場に張り込んでいた坂田(田島義文)、田口(土屋嘉男)の両刑事にギャングの一味と間違えられて警視庁に連行された。ところが、政田と富永課長は、友人同士とあって両刑事も気落ちする有様であった。
 雨の夜に、人間が溶けるように姿を消したことにある疑念を持つ政田は、三崎が水爆実験の前後、船に乗って南方海上にいたか、数ヶ月、家を留守にしたことがあるかを千加子に尋ね、『人間が実際に溶けたのではないか』という疑念を立証しようとしていたのだ。
 ところが、千加子を狙うもう一団があった。
 三崎の失跡を一味への裏切りと思い、麻薬の行方を追うギャング一味である。そのひとり西山(藤尾純)は、彼女の住むアパート・築地荘へ乗り込み、千加子を暴力で脅迫するが、窓を出たところで、三崎と同じように悲鳴をあげ、銃を撃って失跡してしまったのである(映像では、液体人間は姿を見せず、千加子に目撃させる、という表現方法をとっている)。千加子は、何か液体状の物が西山を包んだ、と証言した……。

 富永の計らいで千加子と会い、彼女が目撃した人間消失の一瞬を聞いた政田は、顔色を変え、富永を無理やり自分が勤務する城東大学病院へ案内するのだった。そこには、原爆症で倒れた船乗りの安吉(重信安広)と堀田船長(瀬良明)がベッドに横たわっていた。
 彼らは、水爆実験当時、南方海上にいて行方不明になっていた第二竜神丸と、ある夜、遭遇した、というのだ。人の姿が船上にはなく、安吉と堀田は、仲間の宗チャン(加藤春哉)、大チャン(大村千吉)、松ッチャン(加藤茂雄)、チョウスケ(中島春雄)と、この漂流船に乗り移ったのである。船内にも人影はない。
 ある船室で人が倒れている----と思いきや、それは人の形のままで倒れている服や靴であった。「びっくりさせらぁ」と、笑う皆。
 船長室に入ってみると、机の前の椅子にやっぱり服と靴がかかっている----まるで人が座っていた後のように。航海日誌を読んでみると、操業中、甲板の人間が突如、姿を消したらしい。堀田は、何かうそ寒くなるものをこの船と航海日誌から感じていた。
「早く船に戻ろう」という堀田や宗チャンだが、大チャンは、服をタンスから選び出し、試着して鏡を見てニヤついていた。
 先に甲板へ出ようとする堀田たち。ダブダブのズボンをはいて、ニヤつく大チャンの足もとに不思議な液体が床を近づこうとしていた。スーッと動いていく液体。
 液体は、大チャンの足もとに着くや、そのズボンの中を上昇しはじめたのだ。苦悶の表情で絶叫する大チャン。
 悲鳴で駆けつける堀田たちは、ゼラチン状のようになり、服の中を崩れ去っていく大チャンを見た。
 そして、チョウスケもやられ、甲板に出ようとした宗チャンの身体にも上から液体がかかり、みるみる身体が不気味なゼラチン状の物質に液化していった。
 からくも船に戻る堀田と安吉。出迎える同僚は、そのふたりの恐怖の様子にただ驚くしかない。全員がその船を見た時、夜の闇の中に浮かぶ第二竜神丸の甲板に、操舵室に、不気味に青光りを発する海坊主のような、まるで幽霊としかいいようのない姿を見た。それは、さながら二十世紀によみがえった幽霊船のようであった。
 タイトル・バックに映っていた船は、このシーンの第二竜神丸だったのだ。

 はじめて映像で見せる人間消失だが、逆転撮影により服の中にしぼんでいく機構を入れた溶けていく描写、服の袖口からあふれ出るゼラチン状の物質、降ってくる液体など、カット割りと仕掛けで液体人間による人間消失を見せた。船の上に現れる液体人間は、合成で描かれ、その青白い光など、思わず幽霊船を実感させるイメージであった。
 日本に慌てて帰還した堀田たちだが、放射線障害で倒れ、城東大学病院に入院していた。
『人間が液体化する……』。とても信じられない様子の富永をともない、病院を出た政田は、別棟にある“真木生物化学教室実験所”で、一匹のガマガエルを円筒型のケースの中に入れ、実験を試みた。多量の放射線を浴びたガマガエルは、やがて、ゼラチン状の半透明の物質になり、不気味に動きはじめた……。
 数日後、第二竜神丸の浮標が永代橋付近で発見された。事態を重視した真木博士(千田是也)は、職員一同を集め、研究を重ねる。政田を研究所に訪ねた千加子は、人が溶けて死んだ事実を公表しない科学者たちに激しく抗議するのだった。
 やがて、真木博士の代理として捜査本部を訪れた政田と千加子は、三崎と西山の消失も竜神丸事件と密接な関係がある、と主張、“液体人間”の仕業だ、と発言した。
 最近、“ホムラ”に不審な男たちが出入りし、ボーイの島崎(桐野洋雄)が連絡を取り、何かを進めているという千加子の情報に、捜査本部は、刑事と武装警官を配置し、“ホムラ”を包囲する。
 岸(三島耕)をはじめ、仲間が次々と逮捕されていくのを見た島崎と内田(佐藤允)は、逃げようと急ぐが、その時、窓から不気味な液体が部屋へと侵入するのを発見した。液体は、何ごとかと見守る島崎や内田、そして、ダンサーのエミー(園田あゆみ)の眼前で、人間の形となり、島崎とエミーに襲いかかった。
 このシーンと、続く廊下での坂田刑事が襲われるシーンが合成で、圧巻ともいうべき液体人間のイメージを作りあげた。坂田刑事が液体化するシーンは、田島義文に似せた人形を作り、合成の中、しぼんでいくところを見せており、乱射する鏡とともに、サスペンスを盛りあげていた。ダンサーがブラジャーとパンティを残し、消えてしまうなどは、まさにブラック・ユーモアである。

 液体人間による坂田刑事襲撃の場面を見た捜査陣は、早速、科学者たちと合同会議を開き、特別火焰放射器による液体人間撲滅作戦の実行を計画した。
 内田は、服だけ残して消えており、液体人間の仕業と考えられたが、実は偽装であった。内田は巧みな変装で政田の使いと偽り、千加子をアパートから連れ出した。内田の偽装に気づいた政田は、アパートから走り去る千加子の乗る車に驚き、後を追う。しかし、素人の悲しさ、内田にまんまとまかれてしまった。
 内田は、三崎と共謀して隠していた麻薬を取り出そうと、千加子を脅して、下水道を進んでいた。捜査陣が付近を包囲したことに気づいた内田は、液体人間にやられたと見せかけるため、千加子の上着を剥ぎ、下水道に流し、追っ手の目をくらまそうとする----
 対策本部の火焰放射部隊、消火部隊の布陣は完了、ついに、攻撃が開始される。マンホールの中の下水道に入った部隊が次々と下水道を炎に包んでいった。
 そのころ、下水の出口から千加子の服が出てきたのを見た政田は、下水道へ入っていき、千加子を助けようとする----
 下水道の中を進む下着姿の千加子、そして、内田。ところが、内田は、頭上にはいあがり、舞い降りた液体人間に包まれ、ドロドロと崩れ去っていった……。
 千加子は、政田に救出された。
 液体人間は、マンホールの中の下水道を逃げまわるが、執拗な火炎攻撃に、悲しくむせぶように動きながら立ち尽くし、炎の中に包まれていくのであった……。
 街は、下水道からあふれ出る炎で、一帯が炎に包まれようとしていた。この周辺一帯の全滅を考えに入れても、液体人間は抹殺せねばならなかったのだ。作画合成も交え、真っ赤に燃える川に包まれた東京が美しい……。
 被るナレーション。
「東京に現れた液体人間は絶滅した。しかし、地球が原水爆の死の灰におおわれ、人類が全滅した時、地球を支配するのは液体人間なのかもしれない……」

 この作品では、円谷特撮は、本編の本多演出のバックアップにまわっており、特撮シーンの数も少なく、本多監督作品の印象がすこぶる強い。
 液体人間という特殊なイメージゆえに、特撮を使ったという感じで、のちの『電送人間』、『ガス人間第一号』、『マタンゴ』(63/監督:本多猪四郎)の先鞭をつけた作品であった。

初出 実業之日本社『円谷英二の映像世界』(竹内博、山本眞吾・編)円谷英二主要作品解説 昭和581983)年12月刊行】


円谷英二の映像世界〜『妖星ゴラス』

『妖星ゴラス』昭和371962)年度作品 88分 カラー 東宝スコープ


 特撮の魅力のひとつは、いかなる天変地異でも現実のごとく描いてみせる、ということである。地震、大洪水、竜巻、大暴風雨……東宝特撮も『白夫人の妖恋』(56/監督:豊田四郎)の大洪水、『地球防衛軍』(57/監督:本多猪四郎)の地面陥没、洪水、『日本誕生』(59/監督:稲垣浩)の主人公の怒りが生む噴火と洪水、大地震と描いてきたが、『世界大戦争』(61/監督:松林宗恵)の破壊スペクタクルに続き、宇宙から地球の6000倍の引力を持つ星が地球に接近、その影響力によって発生する地震、洪水、大暴風と、超重力による大災害を主題としたのが『妖星ゴラス』である。天変地異が主題のため、特撮は、波・風・光・星・雲の動きを演出によって演技させねばならず、東宝円谷特撮の細やかなディテール描写が満載された作品となった。
『妖星ゴラス』は、『地球防衛軍』からはじまった『日本誕生』、『宇宙大戦争』(59/監督:本多猪四郎)、『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』(60/監督:松林宗恵)、『世界大戦争』の流れをくむ、まさに、特撮のスペクタクル性を売り物にした娯楽大作の最後の一本である。SF路線は、この翌年『キングコング対ゴジラ』(62/監督:本多猪四郎)で、大きく路線を変更させ、怪獣路線へと転じていく。そういう意味でも、この作品は微妙な位置にある東宝特撮作品といえるだろう。物語の明るさも、のちの怪獣をも大胆に取り込んでいく怪獣映画路線のきざしなのかもしれない。

 巻頭、地球をバックに、まるでケシ粒のように小さい隼号がロケット噴射を吐きながら、画面を左から右に飛んでいく。隼号やのちに出てくる同型のJX2鳳号のロケット噴射は、宇宙空間ではすべてアニメーションの光学合成で描かれ、方向転換、噴射停止と、船体のリアクションも含め、見事なイメージを生み出した。
 隼号は、地球大気圏を脱出、ロケット噴射を止め、慣性飛行に入った。搭乗員は、椅子から立ちあがり、それぞれの任務についていく。作動する宇宙レーダー、観測機器。テキパキと作業が進む中を、任務伝達のセリフにのせて、艇長(田崎潤)と副長(桐野洋雄)を紹介、隼号の船内セットを一通り見せていく。船の進路方向を正す宇宙コンパス、船外を見る潜望鏡型の監視アイ、床面についている離陸時に使う搭乗用のハシゴ、重力計と、本編美術も充実している。
 隼号の宇宙飛行シーンは、ピアノ線で吊った操演によるもので、移動車にカメラを乗せ、撮影されたショットも多い。
 3ヶ月の道のりを経て、隼号が土星へと接近していた時、国連宇宙管制委員会から太陽系へと接近する地球の約6000倍の質量を持つ、“ゴラス”と名づけられた新天体が発表された。太陽系への影響が憂慮され、航行中の全宇宙船に観測の協力が依頼された。
 隼号は、ゴラスのいちばん近くにいたため、園田艇長は計画を変更、太陽系に接近するゴラス観測に向かうため、土星軌道を越えた。
 ゴラスは、死んだ恒星であり、地球の3/4の大きさながら、その引力は地球の約6000倍、年老いた恒星が収縮して生まれた超重力星であった。それゆえ、あれほどの強力な引力を持っているのである。隼号は、太陽系の外縁部にたどり着き、ついに眼前にゴラスを認めた。
 強力な引力に対抗するため、180度方向転換する隼号。
 メイン・エンジンを噴射しながら、隼号は少しずつ後退していく。「G増加!」と、重力計の隊員の報告が刻々響く中、石井歓の息づまる音楽もかぶり、後方からロケット噴射をしながら、画面の中を静かに後退していく不気味さ。補助エンジンも点火、全力噴射を開始する隼号。しかし、それで後進は止まるが、前方へも進まない。全力噴射でも脱出できず、燃料もあとわずかだ。
 乗員はパニックになるが、園田の一喝で貴重な最後の観測データが送られた。データ通信が終わると、園田艇長は、全隊員の任務遂行に対して、感謝の言葉を述べた。自分たちの行動は無駄死にではないと、こみあげる感情で、「万歳!」を叫び続ける隊員たち。
 補助エンジンが止まり、メイン・エンジンの噴射も弱まっていく。隼号は、次第に後方へと進みはじめた。息づまる音楽。もう誰もひと言も言葉を発しない。園田の頬をひと筋の涙が流れる中、園田の背後に機械音をあげて起きあがってくる防御シート。明らかにゴラスに引き寄せられて、Gがあがったため、自動的に機械が人間を守ろうと防御シートが起きあがってきたのだ。ロケットごとゴラスに突入するというのに!!
 すさまじいスピードで後方に進む隼号。画面全体が燃えるゴラスの表面になり、そこに合成でハメ込まれた隼号が噴射口を下に一直線に突入、豆粒のようになって巻き起こるアニメの閃光と爆発音。
 このシーンは、前半のクライマックスだが、本編の本多演出と特撮の円谷演出が合致することによって生まれたすばらしいサスペンスであった。本編と特撮のカット割り、リアクション、と東宝特撮の中でも名シーンであった、といえるだろう。

 隼号のゴラス調査報告は、ゴラスが今の状態で進んでくると、約2年後には地球と衝突する可能性がある、と警告していた。首相官邸の関総理(佐々木孝丸)や村田宇宙相(西村晃)、多田蔵相(河津清三郎)らを訪ねる宇宙物理学会の河野博士(上原謙)や田沢博士(池部良)。この問題は、日本だけではどうにもならない問題であり、そのため、国連の科学委員会の決定に従ってほしい、というのだ。
 ニューヨーク国連本部では、各国の科学者や軍人が集まり、科学委員会が開かれた。ゴラスが太陽系に侵入すれば、45日目には地球に衝突する。それまでに地球は少なくとも40万キロの大移動をしなければならない。もし、ゴラスが地球の20万キロのところを通過したとしても、その強い引力で地核に変動が起こり、地震、山崩れ、火山の噴火は必至と思われた。水も空気もゴラスに吸い取られ、空気とともに持ちあげられたビルや自動車、船はまるで人工衛星のように地球をまわるだろう。その事態を防ぐには、ゴラスを爆破するか、地球が40万キロ以上移動するかのふたつの方法しかないのだ。
 国連から日本政府へ、富士山麓宇宙港に待機するJX2鳳号をゴラス調査のため、派遣するように要請してきた。
 そして、地球を移動する“南極計画”が同時にスタートすることになる。南極計画とは、直径2㎞のジェット・パイプを33本×33本の1089本作り、海水から生み出した重水素を燃料に、推力500億メガトンのエネルギー噴射を行い、地球を南極から北極の軸の方向へ40万㎞移動させようという計画で、全世界の科学力、資本力が総動員されることになった。
 この南極計画のジェット・パイプ建設シーンが東宝円谷特撮ならではのもので、ミニチュア・ワークの極致ともいうべきイメージだった。
 南極の氷海を進む船団を俯瞰で見せ、その画面を右から左へと通過していくヘリコプター、次のショットはヘリの視点で、進む船団が俯瞰でとらえられる。氷を砕き、各国の資材を積む船団が進む。上空を忙しく飛ぶヘリコプター。海岸で次々と船から降ろされていく建設物資。あらゆる建築機械を導入し、建設されていくジェット・パイプ。ミニチュアの作業に合成される測量技師やクレーンを操作する作業員。鉄骨の各所で火花を散らしているジェット・パイプの骨組みのミニチュアなどなど。
 少しずつジェット・パイプが完成していく姿を、ミニチュアの工事作業だけで見せていくのだ。このコンテ・ワーク、画面の想像力こそ、魅力なのだ。
 この作業シーンの切れ目として、画面斜め上から腹を見せて飛び込んでくるジェットVTOL機のイメージが出色で、カメラはジェットVTOLを追い、南極計画の中央センターへと垂直着陸していく姿を見せていく。特撮の工事現場から本編の中央センターへのつなぎをこのジェットVTOLが果たしているわけである。
 本部にやってくる田沢博士、工事は一応順調に進んでいたが、K33地区が固い岩盤に当たり、工事が難航している、という。
 K33地区----巨大な熱線を前方に放射する岩盤掘削機が作動している。すると、突然、天井が揺らぎはじめる。逃げる人々が合成される落盤シーン、地上の雪面も大きく揺れ、地面の中に陥没していく。
 陥没現場へ向かう田沢たち。一角が完全に地面に埋まっており、トンネルから陥没地点をのぞく場面は、『空の大怪獣ラドン』(56/監督:本多猪四郎)と同じく作画合成によっている。

 そのころ、宇宙空間では、ゴラスに鳳号がようやく接近しようとしていた。ゴラスの引力は、隼号観測時の地球の6000倍から6200倍に増えていた。ゴラスは、まわりの星間物質を吸収し、次第に巨大化していたのだ。
 鳳号から観測用小型ロケットが発射されることになる。乗り込むのは、金井達麿(久保明)パイロットである。この観測用小型ロケットは、金属製で実物サイズに本編でも作られていた。
 観測用小型ロケットが発進する。鳳号の船体の一部がスルスルと開いていく。観測用小型ロケットの発射口が開いたのだ。その発射口の中から見たと、想定した(金井の視点だ)次第に宇宙が見えてくるシーンも挿入されている。観測用小型ロケット発進。
 最初の発進シーンは、光学合成の噴射光、すごいスピードで飛んでいく。後は、ロケットを逆さに吊るし、吹き出す炎が上へ向かないようにして、この観測用小型ロケットの噴射シーンは撮影された。隼号でさえ脱出できなかったのだから、おそらく、放物線のような形で引力を振り切るつもりなのだろう。その観測中も、星間物質や某国の宇宙船が突入していく----監視アイで、ゴラスをのぞくとその表面は、紅蓮の炎が渦巻いている!!
 予定のコースでの接近は不可能で、すさまじい熱と光が小型ロケットを襲う。強烈なGが船体にかかり、回転する。後方から飛来した星間物質が小型ロケットの片翼の噴射エンジンに激突、船体がへこんだ!!
 艇長は脱出を命じ、朦朧とした意識の中で、レバーを引く金井----危機一髪、小型ロケットは、左に急ターンして、ゴラスから脱出する。しかし、金井はそのロケットの中で失神して、恐怖のために記憶喪失となっていたのである……。
 鳳号の遠藤艇長は、地球にゴラス爆破不可能の通信を送った。こんな怪物をどう破壊しろ、というのだ。
 地球の望みは、南極計画ひとつに委ねられることになったのである。
 南極計画は、ようやく点火の日を迎えた。直径2㎞のジェット・パイプの発火準備シーンは、オープンのミニチュア・セットばかりでなく、作画合成シーンでも描かれ、スケール感を出していた。
 そして、ついに点火。1089本のジェット・パイプから轟音を吹きあげて、炎が吹きあがった。地球は、移動を開始する!! 宇宙ステーションは、地球が予定のスピードで動き出したことを確認する----地球の下に見える白い噴射口(光学合成のアニメ処理)。人類は今、はじめて自分の力で地球を動かしたのだ。
 この南極のジェット・パイプがうなりをあげるシーンは、オープンにセットが組まれ、プロパン・ガスのボンベを林立させ、そのガスに点火して炎を噴き出させた。

 南極計画は無事、その第一歩を踏み出した。
 計画はそのまま、順調に進むかと思われたのだが、思わぬアクシデントが待ち受けていた。怪獣の出現である。南極の温度がジェット・パイプの噴射であがったため、自然のバランスが崩れ、眠っていた大巨獣がよみがえってしまったのだ!!
 怪獣は、シナリオでは“ゴジラ”のような爬虫類と書かれているが、セイウチ状の姿にしたのは、円谷監督のアイデアによる。渡辺明美術監督によると、「どう工夫しても恐くない形なので、困ってしまった」という。
 このシーンは、ジェットVTOL機によるレーザー光線の地走り攻撃のイメージを作りあげ、視覚的にパワフルな破壊シーンとして完成した。
 河野博士の要請で、智子の祖父で古生物学者の園田博士(志村喬)が南極へとやってきた。この怪獣の出現は、南極の気候の変化と地球の移動によるのだろう、と説明する園田博士。ジェットVTOL機による探索がはじまった。
 オーロラ輝く空を猛スピードで飛ぶジェットVTOL機。そのスピード感は、東宝特撮のジェット機群の中でも最高のひとつだ。
 ジェットVTOL機は、谷間の中に動く“マグマ”を発見。
 レーザー光線の攻撃がはじまった。ジェットVTOL機から発射されるレーザー光線。
 谷間を俯瞰で撮り、レーザー光線がまるで地を走るように谷間をなめて爆発させていく。光線を出しながら画面をよぎっていくジェットVTOL機。
 怪獣マグマは動かなくなり、ジェットVTOLは着陸するが、瓦礫の中で怪獣が再び動き出し、攻撃が再開される。猛スピードで上空を飛び、レーザー光線の連続攻撃。画面は上空からの俯瞰ショットばかりでなく、地上にカメラを据え、崖をなめて爆発をくり返す光線などをとらえ、猛スピードで飛ぶジェットVTOL機とともに、実に立体的な画面を生み出した。光線の攻撃で崖が崩れ、轟音を立てて、倒れているマグマの上に落ちていく。レーザー光線の音響処理、爆発音、ジェット音と音響効果も抜群であった。
 鳳号も宇宙ステーションに帰還。ゴラスの接近にあわせ、宇宙空間にある各国の宇宙グループも続々と地球に帰還してくる。
 JX2鳳号の帰還シーンは、特にすばらしい。宇宙ステーションからバーニヤで離脱、地球へ向かっていく。地球へ向かいながら、反転エンジンをかけ、180度方向転換をする鳳号(画面の2/3近くを占めている地球)。隼号の大気圏離脱シーンとともに、もっとも宇宙の広がりを感じさせるシーンである。地球と小さなロケットという対比の見せ方がいいのだろう。
 この降下途中、ついに土星へ接近したゴラスに向けて、土星の輪がゆがみ、まるで蛇のように1本の筋となって吸い込まれていくアニメーションの描写が圧巻。
 ゴラスの地球接近まで、後、1ヶ月もなかった。
 南極のジェット・パイプは轟音をあげて、全力のパワーをあげている。ゴラスが地球に最接近した時、海面がその重力によって、異常隆起することが予想され、各国の都市部の人間は、山間部へと避難しはじめた。金井も若林たちの手で滝子に預けられ、滝子は、智子や園田博士たちとともに、園田家の富士の別荘へと退避していった……。

 ついに、ゴラス最接近の日が来た。落盤事故、そして、マグマの攻撃によるロスは、取り戻せていない。40万㎞ギリギリでゴラスと接近することになる!! ゴラスの引力が予想より増えていれば、地球は、死の世界になってしまうだろう。夜空に輝く赤い不気味な光を放つゴラス。雲がゴラスに向かい、月が引き寄せられていくアニメーションがすごい。そして、ゴラスは日本から見て地平線に没し、月もその後を追った。
 ゴラスに突入していく月の映像。突入した瞬間、吹きあがるように噴流が起き、ゴラスにのみ込まれるアニメーション処理が圧巻。南極のジェット・パイプを、そして、東京を、大暴風雨と落雷、大津波が襲う。
 湾岸線を走る列車が押し寄せる大波にのまれていく。このシーンがすごいのは、高くなっている列車の線路を乗り越えて流れる波がいつまでも流れ続けることで、上空に描かれた空の一点に向かって吸い寄せられる波を実感させる異様な波の描写であった。
 東京・勝鬨橋の周辺の大洪水も圧巻で、単に押し寄せる波というのではなく、波がふくれあがり、次々と押し寄せるイメージがあり、台風などの大洪水とは明確に区別されていた。波にさらわれて流れてくる船や濁流に押し流されて木っ端微塵になる民家、炸裂する落雷と、画面のリズムも見事にメリハリがつけられている。東京・有楽町駅周辺が押し寄せる波にのまれ、東京全体が波にのまれることを実感させていた。落雷のリズム感が本当にすごい。
 押し寄せる波の中でも、ジェット・パイプは力強く噴射を続けている。大津波でスパークを発するメカニック、噴き出す炎と波の描写の見事なコントラスト。接近するゴラスを映すテレビを食い入るように見つめていた金井は、そのショックでついに記憶を取り戻した。
 南極基地の中央センターでは、息づまる中、田沢博士が監視アイでゴラスを追っていた。最接近まで後、30----打ち寄せる波、ジェット・パイプの噴射、じっと息をつめる科学者と石井歓の音楽にのり、盛りあがる画面。
 宇宙空間、ゴラスが地球へと近づいていく。下から白い閃光を出し、飛行する地球。そして、ゴラスと地球はスレ違った……。
 人類の科学力と団結が地球を救ったのだ。
 この後、物語は北極にジェット・パイプの基地を作り、地球を元の軌道に戻さなければという話と、東京タワーの展望台にやってきた金井や智子、滝子たちが水没した東京を見つめるシーンがある。
 この物語のテーマは、「原子力の平和利用」である。東宝特撮の宇宙描写と宇宙船の描写、超重力の星の接近によって巻き起こる洪水、地震、大暴風と引き寄せられ、ふくれあがるという特徴のある破壊スペクタクルで光る作品であった。

【初出 実業之日本社『円谷英二の映像世界』(竹内博、山本眞吾・編)円谷英二主要作品解説 昭和581983)年12月刊行


『キン逆』の主役はドクター・フーだった!

怪獣物とスパイ物合体
人間ドラマ充実の一本

『キングコングの逆襲』(67)は、『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』(65/監督:本多猪四郎、特技監督:円谷英二)、『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』(66/監督:本多猪四郎、特技監督:円谷英二)と並んで、本多猪四郎監督、円谷英二特技監督が新しい怪獣映画のリアリズムを再生しようとして、取り組んだ怪獣娯楽映画の佳作であった。
 従来、「ゴジラ」物では、50m級だった身長を2030m級に小さくし、ミニチュア・セットも精巧で大きな物を作り、極力、人間の見ている“視点”を撮影で強調したり、合成も多用、怪獣自体も建物を壊すことや暴れるばかりでなく、夜行性の食肉獣として設定し、人間を食料として見て、襲いかかってきたり(バラゴン、ガイラ、ゴロザウルス)、怪獣が手で人間を掴んだり、身近に迫る恐怖として、怪獣の生物らしさをちゃんと描き、異様なリアリティを感じさせた。
 この3本の最大の特徴は、本編と特撮のコンビネーションのよさで、「ゴジラ」物が明るい陽光の下、暴れまわるパターンが多かったのに対して、夜景の中でみせ場を次々と作り出し、闇の中から襲いかかってくる“20m大の野獣”という独特のムードも濃厚であった。
 本多監督も新たな演出のピークに入っていた時期のため、そのペシミスティックな物語の視点、ドキュメンタリー的な対怪獣作戦の理詰めな作戦の快感、各キャラクターに託した人間性の部分と非情さの部分、クールな演出タッチと、本編の人間ドラマが充実して、子供向け一辺倒になるかと思われていた東宝怪獣映画の中で、まだまだやれるのだ、と特撮ファンを喜ばせた。
 今回扱う『キングコングの逆襲』は、さらに当時ヒットしていた「007」シリーズやスパイ物の要素を取り入れた作品で、アジアの小国スパイ工作員“マダム・ピラニア(浜美枝)”、北極に眠る強力な放射性物質“エレメントX”を掘り出し、スポンサーであるピラニアの小国を核兵器保有国にさせようと暗躍するマッド・サイエンティスト“ドクター・フー(天本英世)”が登場、怪獣映画とスパイ物を合体させるという荒唐無稽な素材を、のりにのった演出で、見ごたえもたっぷりに描いた、まさに力作だった。
 こんなキャラクターは、描き方次第では、マンガになってしまうわけだが、ピラニアをファッショナブルで理知的なクール・ビューティーとして浜美枝に演じさせ、ドクター・フーを黒を基調としたダンディーな国籍不明の怪科学者として作り上げ、天本英世自体が円熟の時期だったため、この老け役を眼光鋭く演じ、東宝キャラクター中、悪役中の悪役として、最高の存在感を感じさせるキャラクターとなったのだ。
 メカニコングばかりではない、『キングコングの逆襲』の魅力が今回の主題である。

ドクター・フーの野望と
その手先メカニコング

 ドクター・フーは、北極圏のある地点で強力な放射性物質であるエレメントXの鉱脈を発見した。この鉱脈さえ掘り起こせば、エネルギー源として使うことも、核兵器を作ることさえ可能なのだ。しかし、残念なことに、ドクター・フーの資金に限りがあった。エレメントXの採掘は、その強力な放射能から身を守るためにも、莫大な資金がかかるのだ。そこで、ドクター・フーは、スポンサーを捜すのである。やがて、見つかったスポンサーは、アジアの小国であった。国土は小さく、金はありあまっているが、軍事力もほとんどない……その某国がフーとコンタクトを取ってきたのだ。フーにとって、その国がどこであろうとどうでもよかった。小国が有数の核兵器保有国になるのも愉快じゃないか……自分はエレメントXを掘り出す資金さえあればいいのだ。放射能を防ぐため、フーが作ったメカニズム、それは国連のカール・ネルソンが研究していた巨大な猿・キングコングのデータから作り出した“メカニコング”であった。
 人工頭脳で作業を記憶したロボットに採掘させれば、放射能も大丈夫だ。某国からは目付役として、スパイ工作員のマダム・ピラニアが派遣されてきた。
 その目の前で作動を停止するメカニコング。エレメントXの周囲を取り巻く強力な磁気で、人工頭脳の回路がやられてしまったのだ。
 スポンサーとして、フーの失敗をなじるピラニア。フーはそこで、ある代案を思いつくのだ。本物のキングコングを使うことを!!

フーの心情デフォルメ
無表情なメカニコング

 コングをモンド島から北極へ運び、催眠装置で操ろうとするドクター・フー。だが、エレメントXの強い発光で、催眠は醒めてしまう。そこで、コングがいうことをきくネルソンやスーザン、野村の3人を拉致し、コングに命令させようとするのだ。
 コングが東京へ逃げ、輸送船でコングを収容するため、東京湾からメカニコングをドクター・フーは発進させるのである。
 ピラニアは、東京で事件を起こしては、自分の国の正体がばれるかもしれない、と反対する----しかし、もうフーは、ピラニアの国など、どうでもよくなっているという演出。コングさえ手に入れば、エレメントXは、確実に自分の物になる。別にピラニアの国でなくても、世界中の国がノドから手が出るほどほしがるはずだ!!
 ドクター・フーは、ピラニアを得意の絶頂で裏切り、ついにはスーザンたちを逃がしたピラニアを殺してしまうのである。
 この卑屈で、ズルく、冷酷なドクター・フーを、しかし、ダンディーさを失わずに演じる天本の演技は、世界の裏面で暗躍してきたドクター・フーの野望と生き様を見せ、圧巻の一語なのだ(前半の『私もドクター・フーだ』といいながら、ピラニアの機嫌をいつも取ろうとするその表情が実にこのキャラの内面の弱さも表しているのだが)。
 メカニコング無表情さ、それはドクター・フーの非人間性のデフォルメなのだ。
 こんなメカ演出の楽しさを教えてくれたスパイSF風の怪獣映画の快作なのだ。

初出『月刊スターログ』No.78 1985年4月号/日本特撮秘史----国産SF映画復興のために SFX GRAPHIC ALBUM 29】