マスクを使って描くアート

“視覚効果=合成”デン・フィルム・エフェクトの
作例で具体的にみる

誤って写ってしまったハイカーを
移動マスクで1コマ1コマ消す
特撮とわからない特撮もあるのだ

黒澤明監督作品『乱』の
効果的なアニメの合成

 昨年、公開された黒澤明監督の『乱』にいくつかの合成シーンがあったのは、ご存知だろうか。燃えあがるラストの城の合成には気づいただろうが、原田美枝子演じる楓の方が次郎(根津甚八)に懐剣を突きつけて犯してしまうシーンで、彼女が蹴飛ばした兜が陽の光の中に転がって、ギラリと光る……あの光はアニメによる合成なのである。
 宮崎美子演じる姫が草むらの中で死んでいるシーンも、スポット・ライトのように柔らかい光が姫を浮かびあがらせているのだが、それも白無垢の宮崎美子が画面に溶け込んでしまったため、合成のマスクで彼女を画面の中に浮かびあがらせた合成の成果であった。
 仲代達矢の秀虎のバックの山を歩いていたハイカー(信じられないが、本当だ)を移動マスクで、1コマ、1コマ消したり、秀虎が見あげる太陽のギラつきも、ショット内OL(オーバーラップ)で、太陽のフレアを動かしてみせた合成シーンなのであった。
 合成を担当したのは、デン・フィルム・エフェクトの中野稔さんであった。
 この話を中野さんから聞いて、映画館で2度見たのだが、特撮とまるでわからず、唖然としてしまった。特撮には、こんな使い方もあるのである。
 今回、そして次回の2回にわけ(次回はカラーで存分に見せます)、デン・フィルム・エフェクトの仕事を紹介しながら、日本の合成、そして、視覚効果の実状を見てみよう。一般には、特撮を使っているとは思われていない、さまざまな映画にも触れるつもりだ。
 デン・フィルム・エフェクトは、元東宝の“光学撮影の名手”といわれた飯塚定雄さんと元円谷プロの合成マン・中野稔さんが中心となって設立した視覚効果の専門会社で、CFに、TVタイトル、劇場映画とさまざまな合成シーンを担当している。今回は、『ウルトラマンタロウ』(73)、『ウルトラマンレオ』(74)で、合成技術を担当していた宮重道久さんにいろいろお話を聞いてみた。
「うちの仕事は、コマーシャルが8割、劇場映画2割なんだけど、だんだん劇場映画の仕事が増えてきたね『夜叉ヶ池』や『プルシアンブルーの肖像』みたいに、特撮を前面に出した映画もあるけど、特撮を使っていると絶対思わせない、そんな特撮を使う合成シーン、それがうちの一番の特徴かな。例えば、正月の篠田正浩監督の『鑓の権三』を例に話しましょうか」

合成とわかるとアウト
元の画にマッチさせる

 今回は、モノクロであるため、実際の写真は次回にカラーでお見せします。
『鑓の権三』は、松竹ビデオからビデオも出ていますので、興味のある人は見てみてください(ドライな現代感覚にあふれたネオ時代劇で、宮川一夫キャメラマンの手腕が全編に発揮されている。元禄の退廃とか、フォーカス調といった宣伝の勘違いが惜しまれる佳作である。そんな映画ではない。実に、人間らしい含みを持つ映画だったのだが)。
「前のページに載せた『鑓の権三』のタイトル・バックは、“監督・篠田正浩”と出るカットなんです。監督としては、仕上がりでこういう画がほしい、と。まあ、いわゆる切り合わせですね。
 ところが、このふたつの画面を城壁のラインでそのままマスクを切ると、うまくいかない。こういう輪郭というのは、ピシッと切れてるんじゃなくて、実際にはなじんでいる。
 そのなじんでいる感じを出すには、そのまま切ったのではまずい。自然の感じを出すにはどうしたらいいか、と考えてね、なじませるために城の写真の手前にマット絵で、城壁のはじを描いたわけ。それで、この絵の外の輪郭をいかして、城壁の輪郭の内側でマスクを切って、はめたわけです。だから、仕上がりの画面の城壁は、はじは絵なわけ。屋根の瓦も1番上の影のところではめてある。
 そのことによって、向こう側の世界(城と森)とこちら側の世界(城壁)の接点をなじませている。合成のバレは、接点でばれるんです。これは、中野(稔)さんのアイデア。
 血が流れるシーンは、斬られて倒れ込んだ岩下志麻から血が流れ出すんだけど、ここは重要文化財の橋で、実際、橋にこういう血のりはのせられない。篠田監督も、最初はそのことは承知していて、郷ひろみの権三の血がドバッというのは、血が橋につかないように撮影して、岩下のほうは、処理しきれないからいいだろう、演出で補おう……と言っていたんです。ところが、郷ひろみのドバッをつないでみると、やはり、こちらもほしい、ということになった。
 何とかしてほしい……ということで、レイアウトを見せてもらったわけ。
 技術的には、この仕上がりでほしいという画面はリアルなものですよね。合成とわかってしまっては、アウトというものです。そうなると、この血が橋に染み込んだ感じがないと、血には見えないだろうと……となると、スーパー(二重露光)着色では、とてもダメだろう。
 僕らとして、一番問題になったのは、リアル感。この画面は、10秒の間、ずーっとズームしてるんです。手でズームしてるから、当然、人間の情感というのがあるわけ。それと、全くマッチングしなければならない……これがまず第1。それと、血の色と質感、そのふたつが一番の問題だった。
 それで、僕らが最初にやったのは、ズームにあわせるのはもちろんだけど、血のデザイン、質感、にじみ方がネックだったわけ。いろいろな形、色でテストを繰り返した。真っ赤につけるのは楽なんです。でも、そうじゃないでしょう。難度は、Cランクでしたね。
 このカットがうまくいったのは、手甲に返り血がしみていく……これが正解でした。にじみの血が上の人間にのることで、血と画面の違和感をなじませている……さっきと発想が同じ。
 もうひとつは(これは次号でお見せします)、斬られる岩下志麻から血がドバッと吹き出るアニメ合成で、これはベルリン映画際に出したやつや映画館のフィルムでは入っていなかったんだけど、ビデオには入っています。
 橋の血がうまくいったんで、やってみようということで、斬るタイミング、血が飛び出すタイミングを選びながら、こちらにおまかせで、僕がきっかけをつけて、アニメの血を飛び出せた。これは、ハイコン・スーパーのアニメーションです。完全な。血の色は、橋の血にあわせてね。このアニメの作画に3週間。これは、ピューッと飛ぶ血とドロロッと飛ぶ血のアニメをふたつかけあわせてある。別々のアニメーションをフィルム上で、ひとつにしているんです。1回で全部手描きで描くと、やはり、割りが目にきちゃうアニメーションになってしまう。だから、ひとつはブシューッと吹く『椿三十郎』(62/監督:黒澤明)みたいな血しぶきともう少し重いドロロッと飛ぶ飛沫のふたつをあわせたわけ。最初は、ダラッといくと、リアルかなと思って、柳みたいにたらしちゃったの、これはダメだったねぇ。ドバッと出ながら、ファーッと散らないとダメなんだね。アニメ+マスクでやったわけ。このあたりが僕らとしては、『鑓の権三』のハイライトですね」
 宮重さんは、『鑓の権三』のような人間の情感を表現する合成シーンがやはりおもしろいという。映画屋であるデン・フィルムらしい心意気だ。

観客の目を引きつける特撮と画面効果を
高めるためのエモーショナルな特撮

 現在、デン・フィルム・エフェクトでは、3本の劇場映画に取り組んでいて、1本は、『瀬戸内少年野球団』(84)の続編で、篠田正浩監督の『最後の楽園』----昭和30年代の東京を合成で、存分に再現してくれるはずだ。
 もう1本は、企画に入った伊丹プロの3作目で、税金Gメンが活躍する映画の合成シーン。
 そして、残りの1本が、宮重さんをして“難度Dランク”といわしめた須川栄三監督、姫田真佐久キャメラマンのキネマ東京(『ビルマの竪琴』の製作会社)作品の『蛍川』である。
 この作品は、地方の農村を舞台にしたオールロケーション作品なのだが、そのラスト、森の奥に入っていった主人公の少年と少女は、群舞する1万匹の蛍を見て、その蛍がふたりを包み、光の乱舞と嵐に悲鳴をあげる少年と少女……その光の嵐はやがて……というクライマックスがあって、宮重さんによれば、
「画面は、リアルそのもの。最初の蛍をみつけるシーンも、移動車にカメラがのっていて、森の奥へ入っていき、カメラをパンすると、ブワーッと画面になだれ込んで蛍たちと、実に難しい。リアルな劇部分と違和感のある画面になってはいけないので、そこに一番神経を使います。撮影は、川北紘一さんがやってくれて、今、テストに次ぐテストの連続で、果たして、どんな画面になるか。これは期待してほしいですね」
 特撮には、観客の目を引きつけて、イマジネイティブな映像で、映画の空間に観客を引きつける娯楽作品と、映画の画面効果を高めるため、エモーショルな(ドラマを感じさせる)映像で、映画の劇部分に貢献する、ドラマ的な特撮の2種類がある。
『波光きらめく果て』(監督:藤田敏八)のラスト、駅のプラットホームに待つ大竹しのぶのシーン。ハッと気づくと、下の線路部分は光きらめく海になり(下にうっすらと見える線路)、吸い込まれるように飛び込んでいく大竹しのぶ……そして、『熱海殺人事件』(監督:高橋和男)で、ビルからビルへ飛ぶ志穂美悦子の合成シーン(クレーンで吊ったのだが、合成で飛行ラインを調整して、ジャンプのラインをきれいに“らしく”見せていた)、その合成を担当したデン・フィルム・エフェクトのパワーは、この特撮のふたつの方向に存分に発揮されている。次回は、さらにCFや劇場映画のいろいろな作品に触れてみよう。

【初出『月刊スターログ』1986年11月号 日本特撮秘史〜国産SF映画復興のために