円谷英二の映像世界〜『マタンゴ』

『マタンゴ』昭和381963)年度作品 89分 カラー 東宝スコープ


『マタンゴ』というタイトルの後、窓の外を夜の都会のイルミネーションが輝く鉄格子の一室に、後ろ姿の村井(久保明)がいる。タメ息まじりにつぶやく村井。
「……皆、僕をきちがいだと思っているんだ。ところが、きちがいじゃありません。あの人も仲間も全部……死んだのはひとりだけです。本当です。皆、生きているんだ。じゃなぜ、帰ってこないんだといいたいんでしょ。後の話を聞いたら、あなたもまた僕をきちがいと決めてしまうでしょう……」
 やたら明るいタイトル曲、帆走するヨットをバックに帆の形のところにスタッフ、キャストが出てくる。
 青い空、澄んだ空気。晴天の太平洋の大海原を一艘のヨットが帆走していく。
 キャビンには、笠井産業の青年社長・笠井雅文(土屋嘉男)とその愛人で美貌の流行歌手・関口麻美(水野久美)、新進推理作家の吉田悦郎(太刀川寛)、笠井産業の社員で、ヨットのベテランでもある今回、艇長をつとめる作田直之(小泉博)、臨時雇いの漁師の息子・小山仙造(佐原健二)、城東大学の助教授、心理学専攻の村井研二、その教え子でフィアンセの相馬明子(八代美紀)の7人の男女が乗っている。大都会の喧騒と遊びにアキアキした連中ばかりで、ヨットで外洋へ乗り出し、バカンスを楽しもうという考えであった(ヨットの描写は、実際の外洋を帆走する実物とスクリーン・プロセスの二種類で描かれた)。
 夜になって、少しガブリはじめる海。艇長の作田は、女性も乗っていることだし、引き返すべきかとヨットの皆に相談するが、笠井は、「艇長の君に自信がなければ引き返すんだな」といい、吉田は、「僕は、天気が崩れても予定通りにやりたいな、多少ガブられてもヨットの醍醐味があるよ」とうそぶき、麻美もヤセ我慢、明子も皆にあわせようと、強く引き返そうとはいい出せなかった。
 外にいる小山が大声で艇長を呼ぶ。見ると、南のほうから黒雲が近づいてくる(作画によって表現されている)。男は皆、嵐をよけるために、ロープと帆に取り組んでいく。
 嵐の波に右に左に、上下に翻弄されるヨットは、風と大雨の中で、大型のミニチュアで表現された。風が吹きつけ、波をかぶる本編の効果がさらに臨場感を呼ぶ。小さな船が嵐に遭遇する特撮シーンは、すでに『日本誕生』(59/監督:稲垣浩)でも試みているが、この『マタンゴ』の特撮シーンも嵐と波と効果音がすばらしい。
 中にいる麻美と明子。麻美が笑う。
「大丈夫よ。笠井がいったでしょ、このクラスのヨットじゃ最高にお金をかけたって。いくらだと思う。4千万よ、バカみたい! でもね、秋には私をヨーロッパにやってくれそうなの。ローマ、ウィーン……いいなぁ、私、歌いまくって」と、水野久美の名セリフ。
 部屋の中に入ってきた笠井は、明子に「引き返すことにしましたよ」と笑う。笠井は、明子によからぬ想いを持っていた……。
 ひとつ、ひとつのセリフがこの物語のキャラクターの心の底に潜むギラギラした想いを描き出していく。嵐の描写の中で、本編と特撮がドラマの密度を高めていく。
 船体は軋み、マストは暴風に折れ、帆が吹き飛ぶ。無線は落雷でスパークし、使用不能となった。舵輪もきかない----もう中に入ってヨットを信じるしかない。「いいか、この船は絶対に沈まない、自信を持つんだ!」
 波の中で翻弄され続けるヨット----ついに遭難か!? 悪態をつく笠井、思わぬ災難が襲いかかってきた----
 嵐の夜が過ぎ、陽が昇る時間になってもヨットは、深い霧の中に包まれていた。あらゆる動力がきかず、南に流されていくヨット。
 ラジオから流れるニュースは、ヨットの救助を絶望視しており、とても発見されそうになかった……。そして、ラジオの電池も切れ、切望感に包まれる一同。
 ヨットの上で見張りをしていた吉田は、霧の中を何かが近づいてくるのを見る。船だ。
「おーい、おぅーい!」
 喜んで叫ぶ吉田。しかし、黒い影はグングン近づいてくる。悲鳴をあげる吉田。しかし、それは幻影であった。霧に包まれながら、皆、イライラのし通しであった。
 笠井がなぜ嵐がきても引き返さなかったのか、明子が目当てだ、と思わせぶりに笑う麻美。笠井や村井、明子の表情が揺れる。小山が言う。「昔から船に女は禁物なんだよ。海の神様がヤキモチ焼くってのは創作だがね、乗ってる野郎どもの頭がおかしくなるから、そういうのさ」

 霧の中にうっすらと浮かびあがる島影。
「島だ! 島だ----!!
 ヨットは数日の漂流の後、ある島に漂着したのだ。全員、上陸する。浜辺でぐったりと、砂浜に倒れ込む7人。後ろのヨットの間には、合成で霧が処理されている……。
 島の中を歩いていく7人。霧がうっすらと島を包んでいる。無人島なのだろうか。
 この島の描写は、八丈島でのロケーションとセットを使って巧みに表現された。
 ついに、島の中腹で水を見つける一同。
 ところが、その水飲み場は、明らかに人間が石を並べたもので、この島に人間がいることを実証していた。
 そして、人間を捜す7人は、林を抜け、山を越え、島の反対の入江に、船らしきものの姿を望遠した。霧の中にぼんやりと浮かびあがる船の姿。
 しかし、おりて近づいてみると、それは浜にのりあげた難破船であった。帆がボロボロになって、はためいている。「漂着してから少なくとも1年は経つな」という作田。でも、誰か人間がいるかもしれない。7人は、その船に乗り込んでいくことにする(この船の遠景はミニチュア、近景は実際の大きさで作られた本編セットである)。
 中に人の気配はなかった。壁には色も毒々しいキノコ、床はコケでヌルヌルであった。
 台所はカラッポ、何の食糧もない。ただ、どこにも死骸はなかった。乗っていた人間は、どうしたのだろう……。
 なぜか、洗面台や部屋の鏡は、全部取り外されていた。首をひねる麻美や明子。
 一室に入ると、そこは実験室らしかった。不気味な動物がアルコール漬けになっている。ビンには、“放射能による突然変異の実例”と書かれてある。この部屋だけあまりキノコにおかされていないのも消毒薬のせいだった。
 消毒薬を見つけ、喜ぶ作田。これで洗えば、この船に住めるかもしれない……。
 木の大きな箱があり、開けてみると、2メートルはあろうかという大きなキノコだ。「まるでキノコのお化けだ」とうめく笠井。箱の表示を読む村井。
「『マタンゴ。キノコの一種。この島ではじめて発見された品種』。食えるキノコだったらいいのにな……」
 船長室は、真っ赤なキノコにおおわれ(色彩設計が見事)、村井はそこから航海日誌を探し出した。
 消毒液で船室を洗った後、全員を集めて、この船について村井が話す。
「航海日誌によると、この島は無人島だ。食糧もほとんどないし、とても生きていける場所じゃない。何とかしてここから抜け出さなくちゃならない。まず食糧、缶詰は11個ずつ、それでも1週間でなくなる。魚、海草、海ガメの卵。ヘビでも、トカゲでも食えそうなものは、何でも集める。ただし、キノコだけは食べないように……」
 村井によると、「実験記録には、麻薬みたいに神経が破壊されてしまう物質を含んでいると書いてある。食糧が残っているのに生存者がいない。死んだのなら、死体があるべきなのに、それがひとつも見つからない。これはどうもキノコが原因らしい。この記録は、乗組員が23人ずつ船に帰ってこなくなって、そこで終わってる」といったのだ。
 この島は、いつも霧に包まれている。だから、船が通りかかってもまず見つけられない。こちらから出ていかねばダメだ、という作田。
 作田は、ヨットを入江に運び、修理するつもりであった。吉田は、あんなボロヨットで出たって、赤道が近いこんなところじゃどうするんだ、と投げた発言。作田と吉田は、ケンカ寸前になるが、村井が間に入り、晴れた日に山の上から煙の合図を送ったり、食糧探し、ヨットの修理と、全員に仕事が割り当てられた。
 狩りに出た村井と笠井は、島に近づく鳥がよけていくのに愕然とする。この島は、鳥も近寄らぬ島なのか。そして、ヨットを運んできた作田は、入江に多数の船が座礁しているのに気づく。潮流に運ばれ、この島にたどりついてしまうのか……。
 その夜、甲板を誰かが動いている気配があり、一同が騒ぎ出す。ひとり、船長室にいる笠井なのか。笠井は、食糧の缶詰を盗んでいたところであった。その時、異様な人間が目の前に現れ、盗んだ缶詰をバラまき、皆のところへ逃げてきた。廊下を何者かの影が迫る。部屋に閉じこもる皆の前で、ドアのノブがまわっている。そして、そこに現れたのは、全身キノコのような肌と化した怪物のような人間だったのである。悲鳴をあげる麻美と明子----その夜は、その怪人は姿を消し、何ごともなく済んだ。しかし、幻かとも思えた怪人の足跡がしっかりと浜についているにおよんで、島からの脱出を急ぐ一同。
 この怪人物をメーキャップも入念に施して演じたのが天本英世であった。顔を少しも見せない演技ながら、引きずる足、伸ばす手と、怪人・マタンゴの不気味さをうまく表現した。

 食糧もなくなり、怪物も現れ、飢えと恐怖で衝突する一同。小山は、雨が降ったら食糧探しもしないなんて何ごとだと怒り狂い、全員、食糧探しに向かうことになる。
 その日、吉田は薬用アルコールで酒を作り、笠井があの日、食糧を盗もうとしたことを口汚く罵り、酔った勢いで、銃を持って昨日の化け物退治にいってくる、という。笠井は、この船の乗員かもしれないからやめろというが、制止を振りきる吉田。そして、吉田が戻ってきた時、満腹顔で晩飯はいらん、という。「キノコを食べたんじゃないだろうな」という村井。笑って吉田は答えない。
 小山は海ガメの卵を見つけ、隠したり、笠井に1万円で売ったり、笠井は作田に、ふたりでヨットで逃げよう、といったり、皆は次第におかしくなっていく。
 そのうち、作田がひとり食料を持ってヨットで逃げ、キノコを食った吉田は、気がおかしくなり、銃を突きつけて、麻美と明子を連れていこうとする。戻ってきた小山は射殺され、やっと取り押さえられた吉田と麻美は、船から外へと追放される----
 笠井は、もうプレッシャーに耐えられなくなり、村井に自分を殺してくれ、という。お前の食料ぐらい何とかしてやるよと、村井と明子は、食料を探しにいくが、その留守中、麻美が現れ(メーキャップがキノコを連想させるもので、口紅の毒々しさがすごい)、彼を食料があると、森に連れていく。森の奥にあるキノコの森----麻美はキノコを食べ、「おいしい。もっと早くわかっていれば……」と笑い、笠井もむさぼるように食べる。しかし、現れるキノコに侵された怪物・マタンゴ----笠井の悲鳴は、森の奥にただこだまするだけだった。
 残った村井と明子に、ついに、襲いかかってくる怪人マタンゴの群れ。村井は銃で立ち向かうが、追ううちに明子が連れ去られる。明子の姿が見えないことに気づき、森の奥へと走る村井!
 森の奥で雨を受けて、刻々と伸びていくキノコたち。不気味なキノコの笑い声が森を包み込む。奥から明子の声が聞こえる。
「先〜生〜、先〜生〜」
 その顔は紅潮し、キノコを口に運び、ニッコリと笑う明子。愕然とする村井。
「おいしいわ……本当よ」
 村井は、彼女を連れていこうとするが、まるで小さな山のようにキノコの怪物と化したマタンゴが不気味な笑い声をあげて、村井に襲いかかる。笑っている半分キノコになった吉田や麻美……悲鳴をあげ、逃げる村井。次々と彼の身体を包み込もうとするマタンゴ。半狂乱になって、村井は浜へとたどりつき、ヨットで脱出した。
「それから長いこと夜がきて、朝がきて、また夜がきて----救助されてからの記憶はありません。でも、僕は今、後悔してます。本当にあの人を愛してるのなら、僕もキノコを食い、キノコになり、ふたりであの島で暮らすべきでした。そうじゃありませんか、生きて帰ってきちがいにされるくらいなら。バカでした、僕は。ひと切れも食べなかったんです。どんなに苦しくても、あの人を苦しめ、自分も苦しめ、最後までキノコを食べなかったんです。いったい、何のために!」
 それまで、背を向け続けていた村井が振り向くと、その顔はキノコにおかされ、変身がはじまっていた。なだめる医師。
「いやいや、君だけでも戻ってきたのは祝福すべきことなんだよ」
「そうでしょうか。東京だって同じことじゃありませんか。人間が人間らしさを失って、同じですよ、あの島で暮らしたほうが幸せだったんです……」
 窓の外から見える夜の東京の毒々しいイルミネーションのアップになり、音楽が盛りあがって終わっていく……。
 特撮は、本編のドラマのあくまでフォローであり、一歩も自らを主張させることなく、本編のドラマ部分を支え続けた。円谷作品というよりは、この作品こそ『ガス人間第一号』(60)と並び本多猪四郎作品というべきだろう。
 東京が、いや人間社会はあの島と同じだ、あの島でキノコになったほうが幸せだったという村井の呟きがテーマを語っている。
 まるで、人間をあざ笑うかのようなキノコの森の笑い声、のちに、円谷プロのケムール人やバルタン星人にも流用されたマタンゴの不気味な笑い声----明るい健全娯楽をモットーとした東宝特撮の中でも、もっともペシミスティックに作りあげられた作品であった。

初出 実業之日本社『円谷英二の映像世界』(竹内博、山本眞吾・編)円谷英二主要作品解説 昭和581983)年12月刊行】