ホタルの光は生命(いのち)の炎……
デン・フィルムの合成が生むワンダー映像の世界
特撮が物語のテーマと
情感を象徴する『螢川』
この1月下旬から全国松竹系で公開される映画『螢川』(製作:キネマ東京・日映、原作:宮本輝、監督:須川栄三)の試写を観ることができた。
11月号で触れたように、この作品はデン・フィルム・エフェクトが合成シーンを担当した作品で、特撮ファン、映画ファン、必見のできとなった。今月は、いろいろな新作情報について触れるわけだが、まずは公開直前であるこの作品から本文に入っていってみよう。
冬から春、夏にかけての長期にわたる富山のロケーション撮影がまずすばらしい効果を出していて、物語が展開する昭和37(1962)年の日本の地方街を気持ちよくスクリーンの中に再現----これほど日本の四季を美しくとらえている映画は、久々なのではないだろうか!?
映画界の大ベテランである姫田真佐久キャメラマンの映像がともかく見事で、合成以前に、この映画は第1級の劇場映画となった。『螢川』の映画化を念願としていた須川監督、姫田キャメラマンだが、劇場映画の風格が作品ににじみ出ていて、観ごたえ満点となったのも、その素材への執念だったのだろう。
物語は、「春の4月に大雪が降った年は、夏のある夜、川の上流の誰も人のいない場所で、何万もの蛍が空を飛び、狂い咲く」という話があって、いろいろな悲しみや人々の心に触れた14歳の主人公・竜夫と英子がラストに見るものは……という展開である。
本編の演出意図にこたえる、エモーショナルで、ドラマチックな特撮であり、この作品の特撮ほど、ドラマと四つに組んだ合成は、そうないのではないか。リアルなロケーション撮影と少しも違和感を生まぬ合成シーンのドラマ的な厚みがうれしい。
左ページがそのラスト・シーンの一部で、飛ぶホタルも奥から手前にかけて、5層に近い奥行きを作っていて、エメラルド・グリーンの光も妖しく、そして美しく、3ヶ月にわたって、マスク・ワークとオプチカルに挑んだデン・フィルムのねばりが画面に結晶化している。
右下の2枚のマスクを見てもらえればわかるが、これは中央1番下のシーンのマスクで、奥と手前の情景のマスクを変え、奥を飛ぶホタルと手前を飛ぶホタルのマスキングを変えているのだ。5種類近いマスクを併用するのは、ザラで、乱れ飛ぶホタルの動きとムードを生むための8重合成のシーンもあった。
このホタルのシーンの前に、川を上流にのぼっていくシーンがあるのだが、そこの十朱幸代、殿山泰司、坂詰貴之のセリフがすばらしく、全編の主人公ふたりの描写とあわせて、このホタルのクライマックス・シーンにさまざまな想いをだぶらせ、圧巻の演出となった。
特撮で見るタイプの映画ではないのだが、特撮が物語のテーマと情感を象徴しているわけで、このタイプのアプローチを日本映画が掌中にして育てていけば、日本の娯楽映画も新しい突破口を見つけられるのではないだろうか。
あらゆる特撮ファンに見ていただきたい、久々の快作である。
右ページの写真は、特殊メーキャップ工房の“FUN HOUSE(代表:原口智生)”の最近の仕事で、上の2枚が小林信彦原作、那須博之監督の映画で、現在公開中の『紳士同盟』。
サギ師である尾藤イサオと三宅裕司の変装を特殊メイクで表現したのだ。尾藤イサオのほうは、目元と口元を除く、顔のすべて(鼻や頬、額も含めて)が1枚のアプライアンスで、ベロッと顎に手をかけて変装をはがすシーンがあるため、テストで何パーツかにわけていたアプライアンスを1枚で作り出した。三宅裕司のほうは、タバコのヤニで真っ黒になった歯と金歯を義歯で表現、写真で見える歯は、すべて実際の歯の上にかぶせた義歯であった。
地味な特殊メイクだが、「『スパイ大作戦』(67/フジテレビ)のノリでいきたい」という監督の発注で、こういう方向で使われる特殊メイクは、これから日本映画にどんどん増えていくと思う。スプラッタばかりが特殊メイクの道ではないのだ。
FUN HOUSEは、昭和62(1987)年3月にクランク・イン予定のディレクターズ・カンパニー、伊丹プロ製作の黒沢清監督のオカルト作品『悪霊(サイキック)』の仕事が決まっていて、原口智生さんの特殊メイクを存分に見ることができる予定だ。この作品は、ある洋館をペンションに改造しようとして訪れた父娘と父親が再婚する予定の女性が、この建物に眠る霊を起こすことになり、巻き起こる怪奇現象……というストーリーで、撮影に『星空のむこうの国』(86/監督:小中和哉)の瓜生敏彦キャメラマン、美術に今月号の7ページで紹介している林海象監督の宇宙人が出るプロモーション・フィルムで、美術を担当していた丸山裕司美術監督のスタッフが決定している。
手塚眞監督の『妖怪天国』(86)で、日本の怪談風の特殊メイクに挑んだFUN HOUSEが今度は、現代のオカルトにどうチャレンジするのか、期待したい。
実相寺昭雄監督の映像が踊る!
本編が生み出す異空間の興奮
広がっていく未体験ゾーン!!
泉鏡花を全セット撮影
TV『青い沼の女』
昭和61(1986)年11月4日、日本テレビの「火曜サスペンス劇場」の2時間ドラマで、実相寺昭雄監督の『青い沼の女』(原作:泉鏡花、脚本:岸田理生、制作:コダイ)が放映され、TV『怪奇大作戦』(68/TBS)、映画『無常』(70/監督:実相寺昭雄)、映画『哥(うた)』(72/監督:実相寺昭雄)のころから実相寺作品を追いかけてきたファンを喜ばせた。
スタッフは、撮影:中堀正夫、美術:池谷仙克、照明:牛場賢二、編集:浦岡敬一、と実相寺組の“コダイ・グループ”勢揃いで、オカルティックな素材をオール・セットのビデオ撮影で作りあげ、並みいる2時間ドラマを圧倒するような、異様な空間を生み出していた。実相寺昭雄監督は、この『青い沼の女』について、こう語ってくれた。
「この作品は、沼もセットでやろう、歩く森も、林もセットでやろう、と美術の池谷(仙克)君が提案してきて、それで、こちらもやる気になったところがある。今度、池谷君と話してるのは、沼とか、林とか、原野と、そういうものを逆に、イメージ的にセットでやって、室内をロケ・セットでやる、といった組み合わせのものをやったらどうだろう!? 開放的なところを逆にセットにして、閉鎖的なところをロケにすれば、全然別種の映画の空間ができるんじゃないか。
映画というのは、本来、成り立ちが大セット主義みたいなものがある。そういう面は、最近の映画に欠けてるからね。TVなんか特に欠けてる。レンズもかなり詰めているので、いろいろな大きさが表現できなくなっているんだよね。
今回は、霊媒のところで、ふたつケーブル移動のレールを上に作った。廊下から階段にかけて、Rのついたやつと円形移動。もう少し改良して、これからも移動を組み込んだ撮影をやっていきたい。
後、今回は、“ET36”というTVのカメラだから(『波の盆』(83/NTV)でも使用したビデオカメラ)、だいぶ映像のディテールがフィルムと違ったものが出せたということはあると思う」
脚本にはない描写も作品には続出したという。霊媒シーンはその典型だ。
「台本通り、水絵なんていうのもスケッチ・ブックに手で描かずに、ワープロにしたり、霊媒も何かメカから音を聞いたりとしたり、そういうやり口がないと、まるっきり見ている人と接点のない作り物みたいになってしまう。ああいうディテールというのは、『フフフッ』と笑えるおもしろさと同時に、何か味つけになるものなんだね(笑)」
実相寺監督は、今年中に劇場用のオカルト作品にかかるかもしれないそうで、『怪奇大作戦』のころからのファンとしては、さらにバリバリと新作に取り組んで、ファンを楽しませてほしい。
実相寺ファンにもうひとつの大ニュース。4月に、東京の国電(現・JR)有楽町駅前のそごうデパート8Fの映像カルチャーホールで、日本映像カルチャー・センター主催で、実相寺監督の映画、TV、CF、バラエティ、PR映画、ドキュメンタリーが2週間連続上映される予定がある。日程はまだ、はっきりしないが、『ぴあ』の自主上映の欄を4月が近づいたら注意して見ていて下さい。
この119ページにズラッと並べた写真は、自主映画界にこの作品あり、とうたわれる、傑作ファンタジーである8ミリ映画『夢で逢いましょう』(脚本・監督・撮影・編集:植岡喜晴、2時間14分、1984年作品)のスチール写真である。ストーリーは、幻の“うたかたの花”を求めて放浪の旅に出る本町杢太郎、その妹で兄を慕うより子は、兄に捨てられたことから自殺を試みて天国へ。現れるのは、天使のひさうちさん(ひさうちみちお)、天女、観音さん。物語は、天国から地獄、夢の世界、現実を交錯してつなぎ、おかまの悪魔(手塚眞)から宮澤賢治(あがた森魚)、サン=テグジュペリまで登場して、関西弁のイントネーションを基本リズムに摩訶不思議なファンタジー世界が展開していくのである。池袋文芸坐やイメージフォーラムで、年に1回は上映される作品だが、ビデオ化されることが今、一番望まれている作品でもある。『夢みるように眠りたい』(86)を作った林海象監督は、この作品を見て、『映画っておもしろいなぁ!』と、映画作りに乗り出していったそうで、この作品を初めて見た時は、その出来に仰天したという。
シナリオの構築が交錯するストーリーをよく処理していて、作者の才能を痛感させるが、その植岡喜晴さんが脚本と監督を手がけた、つみきみほ主演のファンタスティック劇場映画が製作進行中で、タイトルがまだ未定なのだが、5月劇場公開される予定である。初の35ミリ映画であり、この植岡喜晴さんの才能が一般映画ファンに知られるのは、まことに喜ばしい。
現在、詳しくは書けないのだが、荒俣宏の『帝都物語』がついに劇場映画として動き出した。春には製作発表の予定だ。小中和哉、林海象と、新しい才能もその力を出しつつあり、1987年、日本の特撮も長いトンネルの出口の光がようやく見えてきたようである。
【初出『月刊 スターログ』1987年2月号 日本特撮秘史 国産SF映画復興のために SFX GRAPHIC ALBUM 51(連載最終回)】