林海象監督デビュー作品 『夢みるように眠りたい』

これより御高覧に入れまするは摩訶不思議なるモノクロ・サイレント最新作


僕らの心に中にある懐かしき
昭和時代再現

月島家令嬢誘拐事件を
私立探偵・魚塚が追う

 岡本喜八監督の最新作『ジャズ大名』を観て、その歌舞伎調の出だし、アメリカの黒人解放の物語を巻頭に持ってきて、日本へ行くまで英語の会話の上に、方言丸出しの日本語のセリフをかぶせて、平然と15分も進んでいくストーリーにびっくりしながら、岡本監督の“自分自身のイメージとリズム、語り方でオレは映画を作っていくぞ”という心意気を感じて、うれしくなってしまった。
 城の中に街道があるというバカバカしさ、城主の妹がソロバンで廊下を走ったり、城の地下牢でジャズの大ジャム・セッション……。
 最近の日本映画に蔓延してしまった、主人公が登場、脇役を紹介しながらストーリーを見せ、クライマックスという定型への配慮など、どこ吹く風、中盤のふくらみ(例えば、ジャム・セッションの真上の街道で、近藤勇と鞍馬天狗の一騎打ちがあって、いつの間にか、ジャズのリズムで剣戟しているというスペクタクル冗談)があれば最高だったが、お上(かみ)が何をやっても庶民は庶民のリズムでいこう、というテーマも含め、思わず興奮して、笑って、感激してしまった。
 デタラメな映画では困るが、僕らは個性的な映画が観たいのだ----そんな想いを感じていた時、1本の映画に出会い、仰天することとなった。この531日から、シネセゾン渋谷で公開中の『夢みるように眠りたい』(製作・脚本・監督:林海象〔はやしかいぞう〕)がその作品で、ぜひこの作品に触れてほしい、と取りあげることにした。
 この映画はモノクロ、人間のセリフはほとんど字幕というニュー・サイレント映画(音楽、効果音は随所に入ります)で、僕らの心の中にある懐かしき昭和時代(昭和初期のようにも、昭和30年代のようにも思える。28歳の監督の少年時代の記憶をオーバーラップしているからなのだろう)の東京を舞台に、月島家の令嬢・桔梗が誘拐され、次々と謎の言葉の手がかりを残して挑戦する犯人“Mパテー商会”を追う魚塚探偵と助手の小林の活躍、頭脳戦を描くミステリアス・ファンタジー作品なのだ。
 16ミリ作品なのだが、モノクロの画面が異様なまでに美しく、謎の手品師、将軍塔とは何か、地球ゴマの謎とは一体……いつしか字幕のセリフ処理も気にならなくなる演出力----なかなかの力作なのだ。

シナリオは10日で執筆
それを変更なしで撮影

 この作品は、シネセゾン渋谷で約1ヶ月間公開され、地方公開の予定もあり、ビクター音楽産業から6月にはVHDで、7月にはビデオ化の予定で進行中なので、ぜひどれかで観てもらいたいものだが、全編モノクロで、登場人物のセリフは90%以上が字幕、という手法を使ったのは、なぜなのだろう。手法は特殊だが、娯楽映画として評価してもらいたい内容で、この作品がデビュー作である28歳の林海象監督に少しインタビューを試みることにしてみよう。
「この映画の企画は、最初、僕とあがた森魚さんと映画を1本ずつ撮ろうという話があって、まず僕のほうからあげようという話で、シナリオをあげたんです。あがたさんとは、以前『イーハトーボーの月光音楽祭』という宮澤賢治の原作で、温めていた映画の企画で一緒にしたことがありまして、それは戸川純の主演の予定だったんですが、企画自体つぶれまして。かなりいい企画だったんですが、それ以来のつき合いです。ただ、あがたさんのほうのシナリオはあがらず、1本だけになったわけです。
 企画としては、ラスト・シーンを追いかける、失われたラスト・シーンを作りたい、という想いがあったんです。僕は幻想文学とか、澁澤龍彦の植物学とか、異常にスキなんです。ただ、そのままやると、かなり趣味性の高い話になってしまうので、そのロジックを娯楽映画の中で表現するにはどうしたらいいだろう、と考えた作品だったんです。ロシアの人形で開けても、開けても、同じ形の人形があったりとか、相対する鏡の中にはいくらでも鏡像があったりとか、メンソレータムのふたには、メンソレータムを持っている女の子がいて、そのフタにはまたメンソレータムを持った子がいて、どこまで続いているんだろう……とか、昔からよく考えていたんです。割とそういう終わらない構造がスキで、メインのストーリーの裏に、もうひとつ底にストーリーを流す、そういう影響が出ている作品なのかもしれません。
 シナリオは、昭和591984)年の10月に約10日間で書きまして、撮ったのもそのシナリオで、一切変えていません。スタッフを集めるにも同じシナリオです。普通は、そういうのはいけないんですが、自分がワガママで、どうしても変えたくなかったんです」

「映画青年の脚本だねぇ」といわれながら
撮影、照明、美術のプロを口説き落とす

 この映画はシナリオ完成時、ひとりのスタッフもいなかった。林監督は、撮影、照明、美術と、プロのスタッフをひとり、ひとり、説得して集める作業に乗り出していくのである。
「集めたスタッフは、まず撮影です。カメラがまずいい人でないとダメですから、目が欲しいと思ったんです。ところが、全然知り合いがいないので、たまたま長田(ながた)勇市キャメラマンがほんの少し会ったことがあって、長田さんに会わせてくれた知り合いに聞いたら、『長田さんは、『TATTOO』をやってる』と。『TATTOO〔刺青〕あり』(82/監督:高橋伴明)は、割とカメラがスキだったので、ともかく読んでもらおう、と思ったんです。そこで、つまらない、と言われたら、多分、プロの世界では成立しない話だと思ったでしょう。
 その場で読んでもらったら、『映画青年のシナリオだねぇ』という話になりまして。で、もし、これをやるとしたら手伝ってもらえますか、と聞いたら、長田さんも僕を傷つけまいとしたのか、『もし、本当にやるのならやりましょう』。『いつ空いてますか?』と、追いうちをかけるように言いましたら、『来年の2月からなら空いてる』という話で、『じゃ、2月からクランク・インするつもりですからヨロシク』と、別れたんです。後は、照明が欲しい。照明は、あがたさんのツテで長田(おさだ)達也さんを連れてきてもらったんです。この3人のチームで年内動きまして、どうしても美術が欲しくなってくるわけですよ」
 そして、映画美術では、『肉体の門』(64/以下、監督:鈴木清順)、『けんかえれじい』(66)、『ツィゴイネルワイゼン』(80)の大ベテラン・木村威夫美術監督に相談を持ちかけ、シナリオを読んでもらい、「やりましょう!」という話になったのだという。
 撮影は、昭和601985)年210日から、26日までの17日間であった。
 この作品の劇中フィルムである無声映画『永遠の謎』は、1度上映したフィルムを、秒24コマで和紙のザラザラしたスクリーンに映写し、それをガムテープ4つの筒の形にくっつけたものをカメラのレンズの前につけ、前のガラスにリップクリームとメンソレータムで周りをボカシ、秒16コマで再撮影して作り出した。システムは、右のページの林監督が描いてくれたイラストを見ればわかろう。
 この手作りにして、プロフェッショナルな映画作り。作品論は、次号でもう1度触れる。このイマジネイティブな快作にぜひ出会って下さい!!

将軍塔の見える花の中で星が舞う
地球ゴマが語る手がかりては?
魚塚探偵の活躍や如何

「一応、絵コンテは全カット作ったのですが、長田キャメラマンによると、これは絵コンテではないそうで、長田キャメラマン、長田照明監督、木村威夫美術監督は、僕の演出意図を汲んで、画面作りをしてくれました」(林監督・談)

初出『月刊 スターログ』19867月号 日本特撮秘史 国産SF映画復興のために SFX GRAPHIC ALBUM 44