ウルトラセブン総論

 真夜中、新宿のビル街を歩いていると、フッと道の彼方から、ヘッドライトを十字(クロス)に光らせて、ウルトラ警備隊のポインターが走ってくるような錯覚に襲われることがある。『ウルトラセブン』……それは、どこかにコンクリートのビルのニオイのする不思議なTVドラマであった。
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『ウルトラセブン』全49話は、一貫して外界からの地球侵略を扱った侵略テーマのSF番組である。
 昭和411966)年1月から『ウルトラQ』を、7月から『ウルトラマン』を放送したTBSの日曜夜700730の時間帯で、昭和421967)年4月からの東映テレビ『キャプテンウルトラ』の後をうけて、昭和421967)年10月から放映された「ウルトラ」シリーズ第3弾(局側にとっては、第4弾だったのだが)であった。
『ウルトラQ』で、SFドラマと怪獣物を、『ウルトラマン』で、スーパーヒーロー対怪獣を描いた円谷プロは、この第3シリーズに、さらに、SF性をアップし、知的な宇宙人同士の戦いと、地球防衛の人類の勇気を描く、新しい方向を導入していった。

『ウルトラQ』から『ウルトラセブン』を整理すれば、以下のようになろう。
1『ウルトラQ』
 SF物+ファンタジー物+怪獣物
2『ウルトラマン』
 SF物+ファンタジー物+怪獣物+巨大ヒーロー物
3『ウルトラセブン』
 SF物+ファンタジー物+怪獣物+巨大ヒーロー物+SF性
 常に前作を包括し、消化、発展する形で、「ウルトラ」シリーズは、制作され続けていた。『ウルトラQ』、『ウルトラマン』の伝統は、『ウルトラセブン』の中でも生き生きと脈づいていたのである。
 宇宙の殺人犯が小型宇宙船で地球に逃げて、殺人を繰り広げる第7話「宇宙囚人303」(監督:鈴木俊継、特殊技術:的場徹)、タバコの中に狂気を誘発する赤い結晶体が入れてあり、人類を自ら絶滅に追い込もうとする第8話「狙われた街」(監督:実相寺昭雄、特殊技術:大木淳)、「水道、ガス、電気、地下鉄など、大都会の動脈を作る工事が、いつもどこかで行われています。昼も夜も。それは私たちが見慣れている風景、だが、安心してはいけません。侵略者は、私たちの心のスキを狙って、何を企むかわからないのです」というナレーションではじまる宇宙人が工事のふりをして、堂々と侵略活動を行う第34話「蒸発都市」(監督:円谷一、特殊技術:高野宏一)など、『ウルトラQ』、『ウルトラマン』に移行することはいくらでも可能だ……設定を離れても物語がいかにしっかりしているか、これだけでもわかるというものである。
『ウルトラセブン』によって、「ウルトラ」シリーズは、また新しい方向の開花に成功したのである。

■セブンのストーリー
 この本では、便宜上、全体を四部にわけたことは、すでに触れた。
『ウルトラセブン』のバラエティなストーリーが、回を重ねるごとに深化、充実していく過程を、十二分に味わってもらいたかったからだ。
 実際、『ウルトラセブン』のストーリーのバラエティさには、驚かされる。
 人間を次々と蒸発させ、捕らえた人間のデータを調べあげ、地球侵略の準備を進めていたが、ウルトラ警備隊が調査に乗り出したため、正攻法の攻撃をしかけはじめるクール星人(第1話『姿なき挑戦者』監督:円谷一、特殊技術:高野宏一)、“地球防衛軍隊員”という一番疑いのかからぬ姿を借り、地球人の全宇宙人化を図る植物宇宙人・ワイアール星人、----その星の人間を自分たちに同化させてしまうという彼らの侵略方法は、侵略というか、イメージとして、とにかく恐ろしい----(第2話『緑の恐怖』監督:野長瀬三摩地、特殊技術:高野宏一)、育てた怪獣・エレキングで、地球を手中にしようとする個人的な侵略を図るふたりのピット星人(第3話『湖のひみつ』同・前)、船舶を消失させ、防衛軍の注意を消失地点に向けさせ、その間に防衛軍基地破壊を狙う凶悪なゴドラ星人(第4話『マックス号応答せよ』監督:満田かずほ、特殊技術:有川貞昌)、人間を操り、防衛軍のレーダーを破壊し、その隙に地球へ侵入するビラ星人(第5話『消された時間』監督:円谷一、特殊技術:高野宏一)、お互いが、生き残るために相手を滅ぼそうとする悲劇のペガッサ人と地球人(第6話『ダーク・ゾーン』監督:満田かずほ、有川貞昌)、宇宙囚人が地球に逃亡してくる第7話、若い生命を求め、“生命カメラ”で若い命を吸い取り、生き残ろうとする滅びゆくワイルド星人(第11話『魔の山へ飛べ』監督:満田かずほ、特殊技術:的場徹)、もはや“侵略”などという言葉では片づけられない、地球を氷河期にしてしまうポール星人(第25話『零下140度の対決』監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)、宇宙のガン細胞・人類を抹殺しようとするマゼラン星人の工作員・マヤの悲劇(第37話『盗まれたウルトラ・アイ』監督:鈴木俊継、特殊技術:高野宏一)、資源を求め、地球に飛来するバンダ星人の宇宙ステーション(第38話『勇気ある戦い』監督:飯島敏宏、特殊技術:高野宏一)、地球を狙うロボットに支配された戦慄の宇宙編(第43話『第四惑星の悪夢』監督:実相寺昭雄、特殊技術:高野宏一)などなど、よくも考えたというほどのバラエティさである。
 侵略物というのは、TVドラマでも数々あるが、これほど多種多様な宇宙人、テーマを持ち込めたのは、このシリーズのみではなかろうか!
「遊星間侵略戦争に巻き込まれた……」という設定は、見事というべきだろう。あれほど、本格的な地球防衛軍も、この全作品を見終わってみると、なるほど、としか思えないからだ……。
 怪獣、宇宙人とあらゆる題材を扱った『ウルトラマン』に比べ、宇宙人のみになってしまった『ウルトラセブン』は、スタッフの間からも、イメージが狭まるのでは、という危惧の声もあったが、脚本、監督陣の努力によって、『ウルトラマン』とは違う意味で、バラエティさを出すことに成功した。
 何よりも、ストーリーのバラエティさ、それが『ウルトラセブン』の身上であった。多数の脚本家の参加が、ここでも作品に貢献していたのである。

■その傑作編ストーリー
 映画は、第1にストーリー、第2にそのストーリーの流れる中で生まれる登場人物たちによるドラマ、第3にその総体によって描かれるテーマ、第4にそのすべてを描いていくテクニックの、4つが重要である。
『ウルトラセブン』の中で、もしも傑作を選べ、といわれた場合、筆者はかなり長い間考え、そして、以下の3本を選ぶだろう。

8話「狙われた街」(脚本:金城哲夫、監督:実相寺昭雄、特殊技術:大木淳)
42話「ノンマルトの使者」(脚本:金城哲夫、監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)
45話「円盤が来た」(脚本:川崎高、上原正三、監督:実相寺昭雄、特殊技術:高野宏一)
3本である。
『ウルトラセブン』の設定をフルに使い切り、1本の作品としても高密度で、文句のつけようのない仕上がりを示し、SFの機能のひとつである現代の寓話になりえている点、この3作は、『ウルトラセブン』の中で、異様な衝撃をもって、独立している。この3作なくして、『ウルトラセブン』があのレベルまで到達できたか、筆者には大きな疑問なのである。
 本文の中でも触れてはいるが、あえてこの3作については、再びここで触れてみたい。

8話「狙われた街」
 人間がお互いにルールを作り、それを守り合って、信頼関係の上に社会を作っているのに目をつけて、侵略してくるメトロン星人の話である。
 人類の半分が吸っているタバコの中に、狂気を誘発する赤い結晶体を入れて、それを吸った人間は、周りの人間がすべて敵に見え、殺さんとする効果があらわれるのだ。
 ダンは敵の本拠に乗り込み、メトロン星人を前にしていう。
ダン「君たちの計画は(地球防衛軍によって)すべて暴露された。おとなしく降伏しろ!」
メトロン星人「ハハハハ、我々の実験は充分成功したのだ」
ダン「実験?」
メトロン星人「そうだ。赤い結晶体が人類の頭脳を狂わせるのに充分効力があることがわかったのだ。(気さくに)教えてやろう。我々は、人類が互いにルールを守り、信頼しあって生きていることに目をつけたのだ。地球を壊滅させるのに、暴力を振るう必要はない。人間同士の信頼感をなくすればいい。人間たちは互いに敵視し、傷つけあい、やがて自滅する。どうだ、いい考えだろう」
 そして、円盤はセブンを乗せて飛び立ち、そこから脱出したセブンは、夕焼けの木場の中、メトロン星人と対決する。
(ストップ・モーションのアクション)
 ついに、メトロン星人はアイスラッガー、エメリューム光線で倒されるのだ。
(夕焼けの木場の街に、かぶるナレーションと音楽)
ナレーション「メトロン星人の地球侵略計画は、こうして終わったのです。人間同士の信頼感を利用するとは、恐るべき宇宙人です。でも、ご安心下さい。このお話は、遠い、遠い未来の物語だからです。え、なぜですって? 我々人類は、宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼してはいませんから」
(おしまい!)
 オープニングからの実相寺ならではの画面処理。バックにかかる音楽、メトロン星人の侵略の理由のわざとらしさも、セブンとメトロン星人との闘いの略化も、こうなるとすべてラストのナレーションのための伏線であったか、とさえ思えるのである。『ウルトラセブン』の中で、この作品だけが“寓話”と呼べるのではないかと思う(もう1本あげるとすれば『円盤が来た』なのだが……)。
 すべてはラストのナレーションのために用意されたものだったのである。これを“秀作”と呼ばずして、何としよう。金城の脚本の構築、実相寺の演出テクニックが、この作品を傑作たらしめたのだ。

42話「ノンマルトの使者」
(どうかこの項を読む前に、『ノンマルトの使者』のシナリオを読んでいただきたい)
ナレーション「海底、それは我々人類の第二の故郷である。やがて、理想的な海底都市や海底牧場が生まれ、地上よりもすばらしい世界ができあがるだろう」
 進む海洋開発、しかし、ひとりの少年が「海はノンマルトの物だ」と地球防衛軍に連絡してくる……。
 これは、進化上の戦いのように思える。ちょうど猿の次に人類が現れたように、ノンマルトを追って人類が現れたのである。人類以上の知能を持っていたノンマルトは、戦いを嫌って海へ逃げた……あるいは海へと追われた。
 しかし、地上の覇者・人類は、海すらも自分の物にしようとしだした……ノンマルトは種族の生存をかけて、戦うことになったのである。そして、そのノンマルトの使いに立ったのは、ひとりの少年の霊であった……この少年の霊の登場により、人類に立つ瀬はなくなってしまった。反論の余地が許されないのである。
ダン「(内心の声)ノンマルト! 僕の故郷(ふるさと)M78星雲では、地球人のことを“ノンマルト”と呼んでいる。ノンマルトは人間のことだ。だが、確かに少年は、ノンマルトといった。それはどういう意味だろうか。人間ではない、ノンマルトがいる、というのだろうか?」
 このダンの独白ほど、彼が宇宙人であるという特性を駆使した部分はないのではなかろうか。この重く、暗い物語は、このM78星雲人・セブンの言葉に支えられているのである。
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アンヌ「ノンマルトって何なの?」
真市「本当の地球人さ」
アンヌ「地球人??
真市「ずっと、ずっと大昔、人間より前に地球に住んでいたんだ。でも、人間から海に追いやられてしまったのさ。人間は、今では自分たちが地球人だと思っているけど、本当は侵略者なんだ」
アンヌ「人間が地球の侵略者ですって」
真市「……」
アンヌ「まさか……まさか……」
真市「(真剣な表情)本当さ……」
アンヌ「君……ノンマルトなの?」
真市「人間はズルい。いつだって自分勝手なんだ。ノンマルトを海からも追いやろうとするなんて」
アンヌ「真市君は人間なんでしょ。だったら、人間が人間のことを考えるのは当然のことじゃない。海底は私たちにとって、大切な資源なのよ」
真市「でも、ノンマルトには、もっともっと大切なんだ!!
アンヌ「私は人間だから人間の味方よ。真市君もそんなことをいうべきじゃないわ」
 我々は、どうしても人間側に立ってしまうものである、それもやむをえないといえよう。我々は人間である。しかし、もしも、我々の目指すものが真の人間性なら……と、この話は、我々に問いかけてくるのである。「大切な資源」というアンヌの言葉と「もっともっと大切なんだ」という真市の言葉の開きを、アンヌ自身が気がついていない。「海の大好きな子でした。私も海のような広い心を持った男の子に育ってほしいと思って、毎年、ここに連れてきていたんです」、この最後の母親の言葉は、巨大なオモシとなって、アンヌの上に、そして、人類の上におおいかぶさってくるのである。

 この作品のクライマックスは、ダンと真市のシーンである。変身しようと、岩陰に入ったダンは、目の前にいる真市に気づき、場所を必死に変えるが、ピッタリと真市がつき、「ためて、やめて」と絶叫する。
真市「ノンマルトは悪くない! 人間がいけないんだ! ノンマルトは人間より強くないんだ! 攻撃をやめてよ!」
(中略)
 目に涙を浮かべて、ダンと対峙する真市。
ダン「真市君! 僕は戦わなければならないんだ!」
真市「バカヤロー」
 真市、持っていたオカリナを叩きつける。粉々に砕け散るオカリナ! ダン、一瞬ためらうが、真市の目の前で、ウルトラアイを着眼する。
 ここに戦士(ファイター)・セブンの限界がある。
 宇宙の平和を守るために戦い続けてきたウルトラセブンは、ひとつの星の主導権を握るふたつの種族の戦い、という宇宙の運命の前に、自らの宇宙平和の矮小さを思い知らされたのだ。正義、悪、そんなもので片づかない問題であるにもかかわらず、セブンは、またしても戦ってしまった!!
 あるいは、作者(スタッフ)たちは、戦いによって手中にした平和などというものは、本当のすばらしい平和とは決していえないのだ、ということをこの作品において語りたかったのかもしれない。真の平和は、平和の中からこそ生み出されなければならないのだ。この作品は、何とセブン全体に対するアンチ・テーゼだったのだ。
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 そして、運命の部分がくる。人間は、地球を手中にし、万物の霊長と称し、あらゆる動物、植物を利用してきた……それは、人類の使用できる大切な資源なのだ。そして、今、……寓意を込めて、『ウルトラセブン』のスタッフが送るクライマックスは!! グローリア号を破壊したキリヤマ隊長の乗るハイドランジャーは、ノンマルトの海底都市を発見した。
キリヤマ「ノンマルトの海底都市、もし、宇宙人の侵略基地だとしたら、放っておくわけにはいかん。我々人間より先に地球人がいたなんて……いや、そんな」
 やがて、海底都市を粉砕し、キリヤマは叫ぶのだ!
キリヤマ「ウルトラ警備隊全員に告ぐ、ノンマルトの海底都市は完全に粉砕した。我々の勝利だ! 海底も我々人間の物だ!!
 そして、ダンとアンヌは、真市が2年前に、この海で死んだ平凡な海を愛した少年であることを知るのだった……。
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 人類は、進化上の戦いに勝つ。しかし、それはあまりにもニガい勝利であった。ダンとアンヌは絶句し、作品の余韻は救いがたく重いのである。
 この作品を作り出したすべての人々に絶賛の拍手を贈りたい。筆者はこの作品こそ、円谷プロの到達したひとつの頂点だと信じているのだ。
 人類の存在への意義と可能性を視聴者は、自らに問わざるをえないのである。

45話「円盤が来た」
 未来になったって、下町は下町であろう。下町の町工場で働く星好きの気の弱い青年・フクシン君を通して、この作品は、『ウルトラセブン』の世界が、文字通り、人間の、血の通った世界であることを示してくれた。
 地球防衛軍も、ウルトラ警備隊も、この作品では、単なる特殊な職業の人というにしかすぎなくなる。
 星を見ることが好きなだけで、半ばもて遊ばれるように円盤に、宇宙人に、ウルトラ警備隊にかき混ぜられるフクシン君だが、しばらくは皆に期待されて星を見るけど、そのうち皆がこんな事件を忘れてしまって、また、好きな星をたっぷりと見られる、そんな日がきてほしいと、悲しいラストを見ながら、フッとそう思っている自分に気がついた。実相寺昭雄監督の贈る秀作である。
 ほかに佳作となれば、地球が生き残るか、ペガッサが生き残るか、お互いに相手を倒して生き残ろうとする宇宙の悲劇、第6話「ダーク・ゾーン」、若い生命を求め、宇宙をさまよう老いた民族の哀しみ、第11話「魔の山へ飛べ」、核戦略を風刺する、第26話「超兵器R1号」(監督:鈴木俊継、特殊技術:的場徹)、人間に絶望しながらも、自分が地球人であるということを意識せざるをえない主人公の悲しみ、第29話「ひとりぼっちの宇宙人」(監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)、自らの星の正義を信じ、宇宙のガン細胞・地球人の文明を破壊しにやってくるマゼラン星人・マヤの哀しみ、第37話「盗まれたウルトラ・アイ」、明日の地球の、我々の姿かもしれない人間否定の世界、第43話「第四惑星の悪夢」、そこまでして何ゆえ自らの真実をつらぬき通そうとするのか、セブン最後の戦いを描く、第4849話「史上最大の侵略 前編 後編」(監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)、娯楽編の第3話「湖のひみつ」、第4話「マックス号応答せよ」、第1415話「ウルトラ警備隊西へ 前編 後編」(監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)、第25話「零下140度の対決」、第39話、40話「セブン暗殺計画 前編 後編」(監督:飯島敏宏、特殊技術:高野宏一)などなど、『ウルトラセブン』の世界は多彩で、語るべきことは多い。

■地球防衛軍、そして、U(ウルトラ)警備隊
 「1980年代、遊星間の侵略戦争から、地球を防衛するために地球防衛軍が組織された」
 しかし、この地球防衛軍という設定は、ウルトラセブン以上に、この物語のテーマと深く結びついていたのである。
『ウルトラセブン』の要の脚本を担当していた脚本家・金城哲夫は、その第1話のシナリオの余白に“このシリーズのテーマ”と題して、以下のように鉛筆で書き残した。
“『人類の“平和”について良く語られる。“完全平和”それはもし----という仮想故に現実性のないものだが、宇宙人の侵略がもしそのドラマをつらぬくことによってそれ故に地球の平和が乱されるとすれば、仮定の“もし”が現実に与える力がないかしら』”
 地球の完全平和は、夢想だということを金城自身が認めており、地球防衛もの、という設定自体が、その逆説として、宇宙からの侵略でもなければ、おそらく全人類が一致団結なんて不可能なのだ、ということを表していたのである。
 宇宙平和、地球防衛などという前に、人類が、我々自身が、ひとり、ひとりお互いを心の底から信頼、理解しあうことがいかに難しいかをスタッフが明確にわかったうえで、このシリーズは作られていたのである(第8話『狙われた街』や第45話『円盤が来た』などのエピソードが、その成果だ)。
 確かに、地球防衛軍という設定はよくできている。数台の宇宙ステーションで地球を立体的にカバーし、宇宙各所に前進基地を設け、定期的に一週間なりの宇宙パトロールがウルトラホーク2号によって行われる。地球各支部の超遠距離レーダーが大気圏に目を光らせ、ウルトラ警備隊や地球防衛軍のパトロール機が常に空中パトロールを行っている。地上パトロールも、ひんぱんに行われ、地球に侵入する宇宙船を発見し、何の反応もない場合、ウルトラホークの攻撃の時もあるが、宇宙ステーションに近い場合は、ステーションの宇宙パトロール隊が攻撃する……これほど、全地球防衛機構を、密にTVで描いて見せたのは、世界のSFテレビまで含めてこの番組のみであろう。民間人からの通報、街の各所に設置された警報器など、よくもここまでやったという気にすらなる。しかし、それもシリーズのテーマ、物語のテーマがあってこそである。設定は、あくまでも設定にしかすぎない。『ウルトラセブン』は、かなりうまく設定を使い切った……といっていいのではないだろうか。
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 ウルトラ警備隊……地球防衛軍極東基地300名の隊員の中から、選び抜かれたエキスパート5名の特別部隊である。
 地球防衛軍の命令系統の中でも、長官、参謀に直結する遊撃パトロール隊の形をなしており、変化する侵略者たちの攻撃に臨機応変に対応できる精鋭部隊の性格を色濃く持っている。
 地球防衛軍という枠の中からはみ出しているイメージがあり、それがこのウルトラ警備隊の行動を、かなり自由に作品の中でいかしていた。
 深い信頼と友情で結びつく6名、それは、第28話「700キロを突っ走れ!」(監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)の最後のダンの独白にすべて語られている。
「ウルトラ警備隊の任務は厳しい。大きな勇気とたゆまぬ努力が必要だ。アマギ隊員も立派に任務を遂行した。これからも恐ろしい敵は、次々と現れるだろう。だが、我々がウルトラ警備隊魂を持ち続ける限り、地球の平和は守られるに違いない」
 これは、次章で触れるセブンの地球人の顔・ダンの確信として語られている。
 物語の中で、ダンは心の底から仲間たちと結びついている。それが、このシリーズを最終回において、盛りあげる最大の原因となるのである。

■セブンとダンのふたつの顔
 恒点観測のため、太陽系を訪れていたM78星雲人340号は、度重なる侵略者に苦しむ地球人の姿を見て、この美しい星を守ろうと、地球にとどまることを決意した。
 かくして、地球人の姿になった彼は、やがて、モロボシ・ダンと名乗り、ウルトラ警備隊に入隊する。
 この次郎の姿を写しとった時、M78星雲人に、ふたつの魂と姿ができた。M78星雲人、ウルトラセブンの姿と、地球人・モロボシ・ダンの姿である。
 ダンが、“ウルトラ警備隊7人目”という意味の“ウルトラセブン”と、微妙な形で異なっているのは、このシリーズの不思議な魅力であった。
 マックス号を見て呟くダン、「さすがは地球防衛軍の誇る新造原子力船だ。カッコいいなぁ。僕も一度は乗ってみたかったんですよ」、ダーク・ゾーンに怯えるアンヌにいうセリフ「(おでこをチョンとついて)弱虫さん」、第5話「消された時間」の宮部博士を見ていうセリフ、「29歳、博士号を5つも持ってんだってさ」、第11話「魔の山へ飛べ」で、ソガが13日の金曜日に不吉なものを感じる、というので笑うシーン、第24話「北へ還れ!」(監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)で、フルハシを連れ戻しにきた、と母親にいわれ、「え、フルハシ隊員が警備隊を辞めるんですかぁ(は、そうしたいと思いまして)そ、そんなぁ……」という部分、セブン自身の感情というよりは、モロボシ・ダンという、別の人格の反応と見たほうが、より理解できる。
 ウルトラセブンは、地球に滞在中、モロボシ・ダンという、次郎をベースにした別の人格を心に持ったのである。
 そして、それはほとんどのエピソードにおいて、何の問題もなかった。ダン自身が第1415話「ウルトラ警備隊西へ」の中で語ったように『我々地球防衛軍の本当の目的は宇宙全体』の平和だったからだ。
 しかし、すぐペダン星人が「そう考えているのは、ウルトラセブン、あなただけだよ」と、切り返したように、ウルトラセブンはいくたびか、宇宙平和を優先する自分と、まず地球の平和を優先させてから宇宙の平和を考える地球人との大きなギャップに挟まれるという苦境に立たされる……。
 自分が生き残るか、相手が生き残るか、という場合、相手を亡ぼしても自らを守ろうとする悲劇……果たして、知的生命体は、理性で自分を律することができるのだろうか、というスタッフのうめき声を聞いたような気がする……。
 第6話「ダーク・ゾーン」、この話では、ウルトラセブンならば、この最悪の事態を何とか回避させえたのではないか、という悔恨が残る(と同時に、それをわかったうえで、あえてやった作者たちの考えは、何のためにこの作品を作ったのか、もはや明瞭というべきだろう!)。
 地球を守るために戦ってきたセブンにとって、地球人の裏切りともいうべき、兵器開発に地球人が乗り出してしまう第26話「超兵器R1号」では、地球人の心を持つゆえに、この暴挙を阻止できなかった----この回の「僕は絶対にR1号の実験を妨害すべきだった。本当に地球を愛していたのなら……地球防衛という目的のために、それができたのは僕だけだった」という悔恨のセブン自身が自分に叩きつけるように投げかける言葉!----セブンの人間的な弱さが悲しい。
 第37話「盗まれたウルトラ・アイ」でも、少女のいう「こんな狂った星を!? 見てごらんなさい、こんな星、侵略する価値があると思って」という呟きをおそらくある面で、セブンも納得できるだろうというあたり、自分の星に見捨てられ、セブンのやさしさに、ウルトラ・アイを返しながらも死を選んだ少女の哀しさを、ただひとり、他人の星にいるセブンだけが知りえるだろう……という彼の悲しさ……ウルトラセブンの悲劇性、満身創痍で戦い続ける戦士・セブンの悲しい限界がここにある。

 しかし、一方、セブンがダンの姿の時、地球人から受ける友情、信頼、それが『ウルトラセブン』の、そして、セブンが地球に賭けたすばらしい可能性であった。
 第11話「魔の山へ飛べ」で、フィルムの中から救出されて、ダンがアマギ隊員に礼をいう。
「(通信機で)。こちらダン。お陰で命を取りとめることができました。アマギ隊員、まさに命の恩人です。ありがとう」
 アマギ隊員、うれしそうに感無量でうなづく。
 このアマギ隊員へのダンのセリフが実に真情がこもっていて、セブンとダンの魂の底から出た、という響きがあっていい。
 セブンがただの人間と同じなのだという、こういう感覚が『ウルトラセブン』全体の骨格となって、作品を支えたのである。

■そして、最終回
 金城哲夫は、『ウルトラマン』、『ウルトラセブン』、『戦え!マイティジャック』(68/フジテレビ)の最終回をすべて担当し、それぞれの作品のテーマを結晶化ともいうべきテクニックで描いてみせた。
『ウルトラセブン』においても、その最終回「史上最大の侵略 前編 後編」は、今までの設定、テーマ、テクニックの総決算をなし、ここに『ウルトラセブン』の世界は完結する!

(読者諸兄、どうか最終回の誌上VTR----完全再録を見てから、ここに戻ってきてほしい。最終回については、それから触れてみたいのだ)
 この最終回、いかにしっかり話が作ってあるかをわかってもらうため、完全に再録してしまった。無駄なセリフ、シーン、動きがほとんどない、といってもいいくらいで、オープニングのソガのダンへのセリフや、アンヌのダンを心配する様子、少年の部屋、二子山スライドのため、出られぬウルトラホークのところ、アマギを助けようとするソガのクラタへの食いつき、隊長やアマギを助けるため、してはならない変身を二度もしてしまうクライマックス、アンヌとダンの別れなどなど、これほどこまやかに作られている話は、さすがの『セブン』でも少ないのではあるまいか。
 ダン(セブン)がミスをしなければ、ゴース星人はあそこまで地球侵略が可能か……という感もあり、まさに見事という感じがする。そして、未来の夢を見る秋夫少年を見たからこそ、その少年を、その少年の夢を守るため、セブンは戦わざるをえなかったのだ。
 また、アンヌとダンのラストの会話部分は、何といえばよいのか。ダンが宇宙人・ウルトラセブンと知らせた時、アンヌは驚きながら、その動揺を決して外に出さなかった……アンヌにとっても----そして、この作品のテーマにとっても----そんなことは、どうでもよかったのだ、ダンはあくまでダンではないか!(ここで、テーマのすべてをアンヌが背負って立つことになる。ダンは、ここで少しアンヌに負けてしまうわけだ)
 アンヌは、心のつながり、----いわゆる、愛----ゆえに、それができたわけだが、そのアンヌも、その愛ゆえに、ダンが戦うためにいってしまう時、叫ばざるをえなかた。
「待って、ダン! いかないで!」
 この時、ダンのセリフに込められる万感の想いは、とてもいい尽くせない。
「アマギ隊員がピンチなんだよ!」
 たったひとつの命、取り返しのつかない命、しかも、自分だけが助けられる命、自分のために消えようとしている命、そして、友人、同僚、仲間……それを、すべてを一瞬の元に消し去らんとしているゴース星人、怒り……セブンは、いかねばならなかったのだ。たとえ、自らの命が押し潰されようと……。

 この物語を見ていて感激するのは、アンヌが、セブンの正体がダンだと話した後、キリヤマ隊長がセブンを見あげて「ダン!」と叫ぶシーンだ。
 ウルトラセブン、謎の超人、宇宙平和を守るため、地球を守ろうと戦い続けてくれた正義の使者----それは、ダンだったのだ! キリヤマ、フルハシ、アマギ、ソガ、アンヌ、クラタは、それ以降、ウルトラセブンのことを、“ダン”としかいわない……もう謎の超人ではない……彼らと、笑い、泣き、怒り、生活したダンがセブンの正体(!)だったのだ。
 ここにおいて、超人・ウルトラセブンは、血と肉でできた存在になる。
 本当の意味で、仲間になったのである。

『ウルトラセブン』とは、こういう物語であった。
 人間と人間のつながりを、M78星雲人・セブンとダンの姿を借りて、描いたドラマであった。

 最後の朝焼けをバックに立ちあがるセブン、それは本当の心のつながりを得たセブンの、そして、人類の、明日にかける希望の夜明けなのかもしれない……。

初出 朝日ソノラマ・ファンタスティックコレクションNo.11ウルトラセブン フィルム・ストーリー・ブック SFヒーローのすばらしき世界』(監修/円谷プロダクション) 昭和541979)年1月刊行】
*満田監督の名前は、正しくは禾に斉。