『帝都物語』解説

 100カット以上のオプチカル合成、6分ものハイビジョン撮影、ビデオ素材を使った合成、ミニチュア特撮、マットアート、特殊メイク、人形アニメーション、と200カット以上もの特撮シーンをみせた作品、それが株式会社EXEが昭和63(1988)年、正月作品として製作した映画『帝都物語』であった。
 特撮ばかりでなく、2億円をかけて東京の昭島に、昭和2(1927)年の銀座通りの本編セットを再現し、2輌もの市電を自走させたり、絵的に見ごたえのあるスペクタクル・シーンがこれほど続出する日本映画は、ひさびさであった。
 実相寺昭雄監督の演出、中堀正夫撮影監督、牛場賢二照明監督、池谷仙克特殊美術監督と実相寺監督とは、長年、コンビを組む、円谷育ちの技術者集団“コダイ・グループ”の奮戦が従来の日本特撮映画にはない、新鮮な映像カットを続出させた。
 本作の特徴は、人間の芝居部分を撮る本編班と別班に特撮班を作らなかったことで、特撮シーンも一班で撮影している。特撮も撮れるメイン・スタッフだったためもあるが、本編と特撮をつなぐ面で、実におもしろい効果を出していた。明治末期から、昭和3(1928)年にかけたストーリーのため、作るセットが本編、特撮ともに多く、美術だけは、本編美術班、特撮美術班を作ったが、例えば、地下鉄の工事地区は本編が、首塚のセットや渋沢栄一邸の内部の東京パノラマのセットは、特撮班が作ったり、本編と特撮が両者への踏み込みをみせ、映画に独特のムードと味を作り出した。
 本編の美術は、『肉体の門』(64/監督:鈴木清順)、『けんかえれじい』(66/監督:鈴木清順)、『ツィゴイネルワイゼン』(80/監督:鈴木清順)、『夢みるように眠りたい』(86/監督:林海象)、『海と毒薬』(86/監督:熊井啓)の木村威夫美術監督が勇壮な美術設計をみせ、地下鉄工事地区、荒れ寺、あるいは、銀座通りのクライマックスは、美術の力が大きかったと思う。
 『夢みるように眠りたい』の監督である林海象脚本のスペクタクル性は、荒俣宏の原作本(角川文庫刊・全11巻)の4巻分の中に、次々と映画ならではのみせ場になるオリジナル・シーンを創り出し、例えば、五芒星の紙が怪物の“式神”に姿を変えたり、平井保昌が飛ばす五芒星紙の飛翔シーン、恵子が花会で敵を占うシーンや加藤の映像が現れるシーン、雪子が加藤にさらわれ、恵子が追う銀座オープン・セットをフルに使うスペクタクル・シーン、ラストの首塚、荒れ寺、地下鉄工事地区に三つどもえの攻防戦も彼が設計、用意したみせ場だった。いかに、これらのシーンが映画のパワーをあげたかわかるだろう。
 さらに、原口智生の特殊メイク、CFの人形アニメーションの第一人者・真賀里文子が描く式神の人形アニメ、100カット以上の合成にがんばったデン・フィルム・エフェクトの合成と、東宝や東映の従来の特撮映画にはないスタッフ起用もいかにも新しい会社で、その異種交配もこの映画の魅力であった。
 6分ものハイビジョン(HDVS)撮影も日本映画初である。すでに、2本のハイビジョン作品を経験していた実相寺監督、中堀キャメラマンは、合成シーンだけでなく、土御門家の攻防シーンは全シーン、護法童子の合成シーン、と多彩なハイビジョン撮影をみせ、土御門家の黒の発色のよさ、護法童子の合成イメージのおもしろさ、とハイビジョンの映画活用に大きな希望を感じさせた。
 原口智生の特殊メイクは、情感の表情と怒りに的を絞り、“加藤保徳”という嶋田久作が演じたキャラクターを特殊メイクでパワーアップした。「10年にひとりのすばらしい顔をしている」と、原口智生をして言わしめた嶋田久作のメイクも作り方ひとつで、いくらにでもグロテスクにできたものを、あのレベルで抑えたセンスは大正解である。黒の軍服に身を包む暗黒の男というイメージは、この映画をまさに支えるキャラクターであった。特殊メイクも中堀キャメラマン、牛場照明監督の手で、何度もテスト撮影が行われた。そのテストの手ごたえが特殊メイクに、演出に応える自信と工夫を生み出したのだ。ハイビジョン撮影や合成でもそれは同じで、本編、特撮ともに設計をした中堀正夫キャメラマン、牛場賢二照明監督の力は、大きかった、と言うべきだろう。首塚の上に吊した山のようなライトを隠すカメラ前のガラスに塗ったワセリンによる怪光処理も、このふたりのアイデアであった。この作品の透明感のあるクリアーな映像は、中堀、牛場コンビの資質をよく出している、と言っていいだろう。
 デン・フィルム・エフェクトの100カット以上の合成もよく3ヶ月にも満たぬスケジュールの中、よくぞあげたという力作揃いで、五芒星の中に吸い込まれる雪子、結界を加藤が破り、闇が吹き飛ぶ合成、ビデオで初収録の銀座をマットアートの市電がよぎっていく合成、と視覚的でおもしろい合成を絶賛したい。
 日本の特撮映画は、これから多彩な表現とイメージを作っていかなければならない。『帝都物語』は、実相寺演出を得て、新たな娯楽特撮映画をめざして作られた、新しい日本特撮の第一歩だ。映画館より、クリアーで、明るく、シャープなビデオ映像で、この『帝都物語』のビジュアル・イメージを存分に楽しんでほしい。

【初出 東芝ビデオ「帝都物語」インナー解説 1989年