『池田憲章の 怪獣おたっしゃ俱楽部』 第8回

究極の怪獣ネーミングは板前の心にも似て……


 鉄腕アトムや鉄人28号、エイトマンを見て育った僕らは、“ロボット”といえば、人間そっくり、あるいは人間の形でメタリック・ボディ、たとえ、人間型でなくて恐竜や昆虫の形をしていても、その体の線は、いかにも工場で作られた美しい曲線と直線で構成された、リベットが打ってあるような、金属ならではのボディ・ラインを持つ、スーパー・メカニックと思い込んでいた。
 だから、『ウルトラQ』(66/TBS)に登場した“ガラモン”というロボット怪獣を見た時の驚きは、昨日のことのように覚えている。
 このガラモンときたら、顔はカサゴのお化けみたいで、目はマツゲも長くパッチリ、鼻ぺちゃ、クチビル厚し、背には一面に針葉樹のようなトゲトゲが生えそろい、手足はまるで骨のようにゴツゴツとして、お尻には、跳ねあがっている針金のようなシッポ……まるでロボットというメカニック・イメージとは、かけ離れていたからだ。
 しかし、歩く時は、その度に、「カシャン、カシャン」と、不思議な金属音の足音をさせ、全身を震わせて、「シャ〜〜ン!!」という耳をつんざくような電波音をたてる演出。
 さすが、宇宙人の作ったロボット怪獣は、地球のロボットとは違うんだなぁ……と、TVの前で11歳の少年は、唖然としてしまったわけだ。
 また、ガラモンという名前も、物語の中で説明しているが、長野県のある地方では、隕石のことを“ガラダマ”と呼んでいる----そのガラダマにのってきた怪物だから、ガラダマ・モンスター、略してガラモン。このネーミングのセンスは、実に、しゃれたスマートな感じを与えてくれた。
 当時、怪獣図鑑を読んでいて、バルタン星人のネーミングも、困りに困って、そのころ、来日が決まっていた歌手のシルビー・バルタンから取った、という話にビックリしたことがある。
 円谷プロのウルトラ怪獣や宇宙人のネーミングは、それまでの東宝や同じころ、放送していた東映やピー・プロの特撮作品と比べて、不思議なしゃれっ気と遊び心があった。今回は、そんなネーミングのお話です。
 9月現在、東京地方では、『ウルトラセブン』(67/TBS)が再放送中で、とても18年前の作品と思えぬできで(あぁ、『セブン暗殺計画』の興奮!)、見る度に驚いてしまうが、その宇宙人たちのネーミングもまたふるっていた。
 怪獣ファンの間では、“いじきた怪獣”といわれる“エレキング”。まだ、小さい幼獣だった時、何と釣人のハリに引っかかって釣られそうになってしまう。こんなノンキな怪獣は、空前絶後だろう。湖に放して成長させていたわけだが、主人のエサだけでは足らず、釣人のハリに引っかかってしまったのだ。それで、いじきた怪獣、と呼ぶわけ。ご主人のピット星人の女の子が、ハリから助けて、「あなたにはまだ大事な任務があるでしょ」と、叱るのもかわいい、これもスタッフの遊び心ですね。
 エレキングを操る“ピット星人”は、天使のような女の子に化けるので、キューピットのピットを取って名づけられた。同じく、自分は地下に隠れて、地球人同士を戦わせようとする宇宙人なので、フランス語の地下鉄の意味、メトロから連想して“メトロン星人”、マックス号という地球防衛軍原子力船が中心となっているので、水を連想して、水の都・ヴェニスで使うゴンドラを縮めてつけた“ゴドラ星人”と、これは宇宙人の作戦からつけたタイプ。
 地球人を狙う残酷な宇宙人なので“クール星人”、冷たい宇宙人というわけ。毛むくじゃらの雪男のような姿なので“ワイルド星人”。
 まるで広告ビラのように薄いエビのような形の宇宙人なので“ビラ星人”、鈴が鳴るような音をさせて人を狂わせる宇宙人なので“ベル星人”----このあたりは、極めてストレート。
 なかなか凝っているのは、植物宇宙人の“ワイアール星人”で、植物なので、当然、葉緑素を持っている。その葉緑素をローマ字で書くと、“YORYOKUSO”となる。その“Y”と“R”をとって、ワイアール星人と名づけたのだ。第27話「サイボーグ作戦」(監督:鈴木俊継、特殊技術:的場徹)に出てくる“ボーグ星人”は、サイボーグから取ったと思いきや、フランスの有名なファッション誌『VOUGE(ボーグ)』から取ったという。だから、ボーグ星人の声は、女性なのだという凝りようだ。
 人の名前から名づけた宇宙人もあって、ギリシア神話の空を飛んだ少年・イカロスから取った“イカルス星人”、ギリシアの劇作家・アイスキュロスを縮めた“アイロス星人”、天文学者のシャプレーから名前をもらった“シャプレー星人”と、その名前の響きと語感だけで、名前をつけられた宇宙人もある。
 圧巻は、物語のテーマから名づけられた例で、その代表格が第42話「ノンマルトの使者」(脚本:金城哲夫、監督:満田かずほ、特殊技術:高野宏一)に登場する“ノンマルト”だ。
 ノンマルトは、地球に人類より前から住んでいた地球の先住民族で、人間に追われて、平和を愛した彼らは、人類と争わずに海へと逃げた。しかし、彼らが住む海底の開発に人類が乗り出したため、種族の生存をかけて、ノンマルトは人類に戦いを挑んでくるのだ。
 この話では、ウルトラセブンであるモロボシ・ダンが「M78星雲では、地球人のことをノンマルトと呼んでいる。地球人とは、ノンマルトのことだ」と、心の中で呟くのが圧巻で、地球人自体も侵略者だったのか----と、僕ら自体の業というか、文明の暴力性、他人を犠牲にする現代人の実像と運命までも描いた『ウルトラセブン』の傑作中の傑作である。
 そのノンマルトという名前だが、脚本家・金城哲夫が名づけたこの名前は、ノン・マルス----つまり、“火星ではない”という意味の言葉を元にしているのだ。
 火星は長く戦いの神として、あがめられ、考えられてきた。つまり、ノン・マルス、戦いの神ではない人々、戦わない民族という意味で、ノンマルトは名づけられていたのだ。
 これほどスマートな、テーマをも内包したネーミングを、僕はほかに知らない。
 金城哲夫という脚本家は、『ウルトラQ』、『ウルトラマン』(66/TBS)、『ウルトラセブン』、『マイティジャック』(68/CX)と、第1期怪獣ブームの中心となって活躍した脚本家だが、惜しくも、昭和511976)年226日、38歳の若さで故郷・沖縄にて他界された。円谷プロ文芸部の主筆として、怪獣や宇宙人のネーミングに、そんなテーマを隠していたのである。
 まさに、隠し味----作品の表にはスマートさとしゃれっ気だけしか出ないわけだが、作品のそんなところまで、心を砕く作家の心にきっと僕たちは気づいていたのだと思う。

初出 角川書店『月刊ニュータイプ』 昭和601985)年11月号】
*満田監督の名前は、正しくは禾に斉。