『星くず兄弟の伝説』から 『グリーン・レクイエム』へ

日本映画の特殊メイクを
リードするFUN HOUSE

『星くず兄弟の伝説』(85/監督:手塚眞)、『テラ戦士ΨBOY』(監督:石山昭信)の特殊メイクを担当した若手の特殊メイクのアーティストである“FUN HOUSE(ファン・ハウス)”の代表である原口智生さんと会って話していたら、新作の話が飛び出してきた。
「今、2本の映画が入ってまして、昨日も撮影所だったんですよ。1本は、角川映画の角川春樹監督の『キャバレー』、もう1本は、国際放映で撮影している鈴木則文監督の『ザ・サムライ』です。『キャバレー』のほうでは、銃が顔に当たった瞬間の弾着の特殊メイクをやっています。最初は、ワイヤーで引こうかとも思っていたんですけど、撮影の仙元(誠三)キャメラマンのほうから、それは避けたい、という話があって、空気圧を使って、1枚皮膚をはりつけて、その下にチューブを通して、ドバッと血が皮膚の下から吹き飛ぶような仕掛けを考えまして、撮影はこれからです。最後に、200人の人間に蜂の巣のように撃たれるシーンもあって、角川さんも、仙元さんも「顔や手に当たらないのはおかしい」ということにで、そこでも同様のやり方で、皮膚の弾着をやることになると思います。大泉の東映撮影所のふたつのステージをつなげて、大きな街のセットも組んでいるし、おもしろい作品にこれはなりそうですよ。
 鈴木監督の『ザ・サムライ』は、『ヤングジャンプ』連載のマンガの映画化で、登場する主人公が口に手を入れて、両脇にビロ~ンと伸ばしたり、まぶたに割りばしを突っ込んで、グニャ~と伸ばしたりするシーンがあって、それを特殊メイクで実際にやってしまう(笑)というマンガチックなメイクをやってます。特殊メイクというと、自分たちにはわからないからヨロシクと意見と指示すら出してくれない監督やスタッフが多いんですが、鈴木則文監督は、映画界に古くからいるベテラン監督なので、おもしろがっていろいろな意見と注文を出してくれるのがうれしいですね。当たり前ですけど、特殊メイクといっても特別なものではなくて、映画表現の一部です。スタッフと一緒にイメージを煮つめた時こそ、ああ、自分は映画を作っているんだな、と思えてきます。特殊メイクもメーキャップの一種、美粧の1ジャンルと僕は考えていますし、特別なものと考えている人が多いのは、寂しい気がしますね」
 今回は、いい機会なので、ようやく日本の映画でも新しい娯楽作品の映画の中で、次第に表面化してきた特殊メイクの話を、原口さんやFUN HOUSEの手がけたいろいろな仕事について触れながら、紹介していこうと思う。FUN HOUSEから写真を提供してもらったため、かなり珍しい写真もお見せできると思う。
 原口智生さんは、昭和3560)年526日生まれというから、現在、25歳。学生時代は、人形アニメ作家である川本喜八郎さんの『火宅』(79)と『蓮如とその母』(81)で美術助手をしたり、元コスモプロの出身で、アンドロメロスの造形や最近では、博品館劇場のミュージカル(主演は、宝田明や真田広之)『リトルショップ・オブ・ホラーズ』(84/演出:青井陽治)の植物モンスターの造形を担当した若狭新一さんの工房・MON-STERSでアルバイトをしたりしていた。
 特殊メイク的な仕事のはじめは、昭和5681)年、テレビ東京の『もんもんドラエティ』という番組の中で、手塚眞さんが8ミリ映画で作っていたショート・ホラーの造り物で、猫少女のマスク、宇宙人のマスク、ケガの傷や怪獣のヌイグルミなどを作ったという(この怪獣のデザインは、ゴジラによく似ていて、目撃者の石上三登志さんが踏みつぶされるという怪獣映画へのオマージュというべき珍作だった)。手塚眞さんとの出会いは、『ねらわれた学園』(81/監督:大林宣彦)に出演していた知りあいの女の子が撮影所の見学中に共演していた手塚さんを紹介してくれたのが初対面だそうで、ちょうどそういう人材を捜していた手塚さんからの依頼で、特殊メイクの習作を作り続ける形となった。昭和5782)年の石井聰亙監督の『爆裂都市 BURST CITY』には、メイク応援で参加する。フリークスのデザインを担当して、自ら出演もしていた手塚眞さんが紹介した仕事であった。昭和5863)年には、手塚眞監督の自主制作の16ミリ映画の『Sph(エスフィ)』で、特殊メイクを担当する。ダミーの女の子の頭部と変なナメクジのような機械生物、切り落とされた腕を制作、「制作費は、トータルして5万円で受注しました」
と、本人は笑うが、
「でも、まだアマチュアでしたから。手塚さんにとっても『Sph』という映画は、ブライアン・デ・パルマが『悪魔のシスター』(73)とか、『ロートンズ・ウォーク』とか、商業映画を撮る前に、実験映画を撮ってましたよね。手塚さんにしてみれば、『Sph』がそういう位置だったわけです」
という原口さんの分析は、その通りであろう。『Sph』は、現在、ビデオでも発売されているが、一見をお勧めしたい力作である。
 一度は、就職するつもりで、ある芸能プロに内定までしていたのだが、その会社がふたつに分裂して、原口さんは就職を断念する。そこで、元は小川ゴムという怪物のゴム面製作会社にいた友人の堀岡さんと、福生にある住まいを改造してアトリエにし、特殊メイクと特殊美術造形の工房を設立することにした。名づけて、“FUN HOUSE”、時に昭和5984)年326日。この日から原口さんが特殊メイクのへの道に、本格的に進みはじめることになった。

メイク、メカニカル、パペットと
メンバー3人の嗜好の違いが強みに

『星くず兄弟の伝説』では、約40種類の特殊メイクを1ヶ月間で制作した。この作品については、次回にフィルムを使って、特撮シーン、メイク、アニメと存分に見てもらおうと思っているのだが、今までの日本映画には類例のないオモチャ箱をひっくり返して、音楽をまぶしたような作品で、手塚版『ファントム・オブ・パラダイス』(74/監督:ブライアン・で。パルマ)とでもいうべきなのか……ともかく次回に期待してください。
『テラ戦士ΨBOY』では、大岡新一キャメラマンと一緒に仕事ができたのが、たいへん刺激になり、いろいろな意味で、ノレて仕事ができた作品だそうで、明らかに、『宇宙水爆戦』(55/監督:ジョセフ・ニューマン)のメタルーナ星人にヒントを得たデザインのゴールデン・フレイムを気品高くメイクして、この映画の悪役キャラ側を特殊メイクの表情で支えきった。特注で作った4種類のコンタクトレンズで見せた表情の変化もおもしろかった。すでに、石山監督とは、来年の作品で、特殊メイクではなく、一般メイクのメーキャップの仕事が1本約束できているそうで、原口さんにとって収穫の多い1本だったようだ。
 まだ公開されていないが、サンリオ映画の新井素子原作の『グリーン・レクイエム』(監督:今関あきよし、昭和6186)春公開予定)では、植物宇宙人の赤ん坊をメカニカルな仕掛けを組み込んだ人形で作りあげ、ワイヤーケーブルで、手や指の関節のギミックを動かし、そして、胸の呼吸描写は、操演者がチューブで息を吸ったり、送り込むことで、胸のふくらむ描写を自然に見せた。
 まだこの作品自体が編集を完成させていないので、仕上がりは何ともいえないが、こういうメカニカルで表情を出せるダミーや人形を作るスタッフがようやく出てきたか……と、スナップ写真を見ていて感無量となった。
 この赤ん坊のモデルを制作したのが、原口さんによれば、メイクというよりメカニカルな仕掛けが得意で、ワイヤーや油圧、モーター、ポンプと、ともかく動かしてみせることがうまい市川英典さん(23歳)で、去年は市川崑監督の新作『ビルマの竪琴』のために、立っていて、そこからガクガクと膝を折って倒れていく(動く)死体のダミーや倒れている死体を50体制作(持って帰るのが面倒なので、死体はそのままロケ地に捨ててきたという。いいのかなぁ……そんなのゴロゴロ転がしといて)。バンダイのオリジナル・ビデオの『うばわれた心臓』(85/監督:早川光)の動く心臓もこの人が作ったものだ。
「筋肉、骨格とか、人体の仕組みをよく研究している」
と、原口さんはいうのだが、それも右上のワイヤーケーブルではなく、顎の動きだけで口が開く市川さんの作ったゴリラのギミックを見れば、納得できるだろう。このゴリラの全身の設計図を見せてもらったのだが、ゴリラ本来の全身の毛の流れはどうなっているのかまで描き込んであった。FUN HOUSEのメカ部分を支える重要メンバーである。
 FUN HOUSEの現在のメンバーは3人で、残るひとりは、『ダーク・クリスタル』(82/監督:ジム・ヘンソン、フランク・オズ)風のパペットを得意とする田村登留(のぼる)さん(23歳)である。
 左ページに載せた写真が、フジテレビの『笑っていいとも!』に対抗してTBSがはじめた『おじゃまします』用に田村さんが作ったオランウータンのパペットで(デザインも本人による)、このどこかふてぶてしく、ズーズーしく、憎めない表情はどうだ。
 目もスゴイが、額の部分にもちゃんと表情がつけられるようになっているのがわかるだろうか。ほかにも『花王名人劇場』(関西テレビ)用にもパペットを制作しているという。
 メーキャップに力点をおく原口智生、メカニカルなものや動力をつけた動くメカが得意な市川英典、パペットが好きな村田登留と、それぞれの方向性が微妙に違うのが妙味で、その違いがこのFUN HOUSEの現在の力になっているのだろう。基本的な造形力と特殊メイク、メーキャップをベースに、それぞれの才能が自分の目標を目指して、伸ばされているのである。
 設立メンバーだった堀岡さんは、家の事情で実家へ帰られたが、女性のメーキャップ・パーソンとして、『スーパーポリス』(85/TBS)に参加していた市川さんは、現在、フリーになって、メーキャップの仕事を続けているし、ダミーを作るのを得意としていた甲斐さんも独立、最近作は、円谷プロのオリジナル・ビデオの『餓鬼魂』(監督:鋤田正義)の怪物がはい出してくるダミーヘッドと、FUN HOUSEを離れても活躍しているメンバーもいる。
 原口さんとよく話すのは、例えば、新東宝の中川信夫監督作品、昭和3459)年の『東海道四谷怪談』、昭和3560)年の『地獄』などは、いわゆる美粧(普通のメーキャップ)のスタッフが監督の要求にあわせ、今日でいえば、特殊メイクの仕事をこなしていた。それは、腕をくわえる化け猫映画、さまざまな怪談映画しかりであろう。
 外国のマネではなく、まさに自分たちのイメージから生まれるメイクでなければ。原口さんは、来年からどしどし普通のメーキャップの仕事をこなしたいという。FUN HOUOSEのさらなる仕事の充実に期待してほしい!

初出『月刊スターログ』No.87 19861月号/日本特撮秘史----国産SF映画復興のために SFX GRAPHIC ALBUM 38